兄の警告を、弟は聞かなかった
プロメテウスは、かねて弟に警告していた。ゼウスからの贈り物は、決して受け取ってはならない、と。だが、目の前に現れた美しいパンドラを、エピメテウスは迎え入れてしまう。そして災いが現実になってから、ようやく兄の言葉の意味に気づいたのである。
パンドラは、持ってきた甕(一般には「パンドラの箱」として知られる)のふたを開けた。中から、病や労苦が飛び出し、世界中に広がった。ところが、ただ一つ、「希望」だけは甕の縁の下にとどまり、外へ出なかった、とヘシオドスは書いている。希望が甕に残されたことが何を意味するのかは、古代から解釈が分かれてきた。それでも、災いと希望が同じ甕に入っていたという構図には、はっとさせられる。
拙著『古典で読み解く! 10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)の第1章では、プロメテウスの火を、現代の人工知能に重ねて考えた。強力な贈り物は、ふたを開ける者を選ぶ。受け取る前に中身を考える者と、受け取ってから考える者とでは、同じ贈り物から得るものがまるで違ってくる。いま、AIの世界で急速に進んでいるのは、この「先に考える」ための仕組みづくりなのである。
AIは「万能の合鍵」になった
なぜ、最先端のAIは使い手を選ぶようになったのか。サイバー防御の分野を見ると、その理由がよくわかる。
アンソロピックによれば、高度なAIを使う先行的な取り組みに参加した組織は、2026年4月から7月までに、少なくとも12万9000件の脆弱性、つまりシステムの弱点を見つけ、検証した。これとは別に、同社自身も4月から10月までに5500件を見つけ、検証している。これらのうち3万3000件超が、重大または危険度の高いものと評価された。同社によれば、集計は参加組織の一部から寄せられた報告に基づき、取り組み全体を網羅した数字ではない。
4カ月間の報告件数を日数で割ると、参加組織全体で1日約1000件に相当する。毎日1000件ずつ、世界のどこかのシステムの弱点が見つかり、確かめられていった計算だ。ただし、これは発見・検証された弱点の数であり、修正が完了した数ではない。見つけた弱点を、どれだけ速く直せるか。守る側の勝負は、そこから始まる。

