デジタル・フォレンジックを日本語にすれば「デジタル鑑識」です。警察の鑑識が現場に粉を振って指紋を採るように、国税の調査官はパソコンやスマホのメモリから消されたメッセージを復元します。メールやメッセージは、削除しても端末やバックアップなどにデータや痕跡が残り、復元できる場合があります。残ったデータを吸い出す技術と機器が、今では当たり前に使われています。
ですから、「データを消したらバレない」とはいきません。私も税理士として、顧問先に、「“消せば大丈夫”という時代はもう終わりましたよ」と、いつも注意喚起を行っています。
税務署は「歴史の重さ」を見ない
高野山の件も、構造としては同じです。宗教法人のお金は法人のものであって家族のものではない、という線が曖昧になった瞬間、国税の目には「隠し給与」と映ります。たとえ寺院が一家で運営されているように見えても、宗教法人と住職個人は別の主体です。法人の財産を住職や家族が自由に私的利用できるわけではありません。
高野山には1200年を超える祈りの歴史があります。しかし、税法が見るのは、その歴史の重さではありません。宗教活動なのか、収益事業なのか。法人のお金なのか、個人のお金なのか。その線を客観的に見極めます。
昨今は日本人の宗教離れが進み、寺社が収益事業を増やさざるを得なくなっています。ということは、国税から見れば、「課税できる余地」が広がっているということです。
そして2025年、高野町の外国人宿泊客数は延べ約11万7500人泊に達しました。過去最多でした。祈りの山は今、世界から人とお金が集まる場所になっています。これからますます、国税当局による宿坊への監視は強くなることでしょう。
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