人生を一変させた「貧しい少年」との出会い

2002年のある雨の激しい夕方のことだった。他のすべての生徒たちが帰宅した後、1人の少年が恐る恐るアナンドの教室の扉を押し開けた。少年は頭からびしょ濡れで、着ている服は薄く、つぎはぎだらけだった。彼のその瞳には深い、静かな絶望の色が浮かんでいた。

少年はビハール州の極めて貧しい農村から、何時間もかけてパトナまでやってきたのだった。彼はアナンドに対し、インド国内の超エリート校であり、極貧から抜け出すための唯一にして最大の登竜門とされる「インド工科大学(IIT)」の入学試験を受けたいのだと語った。

インドにおいて、IITに合格することは、一族全体の運命を変える「黄金の切符」を意味する。しかしその試験は、世界で最も過酷と言われるほど難解であり、合格するためには数万ルピーという高額な受験予備校に通うのが常識であった。当然ながら、その少年の家族には、そのような大金を支払う余裕は1ルピーもなかった。

少年は、アナンドに1冊の古びた、破れかけたノートを見せた。その中には、教科書を買う金がない彼が、他人の本から手書きで丁寧に書き写した数学の問題がぎっしりと並んでいた。

その手書きの文字、数式を見た瞬間、アナンドの脳裏に、あのバラナシの大学図書館の光景が鮮烈に蘇った。彼は目の前の少年に、かつての自分自身の姿を完全に重ね合わせていた。同じ学びへの飢え、同じ研ぎ澄まされた知性、そしてそれを容赦なく押し潰そうとする「貧困という名の壁」がそこにあった。

貧困の連鎖から抜け出す「完全無償の塾」

アナンドは少年にどこに泊まっているのかと尋ねると、少年はうつむきながら答えた。「泊まる場所はありません。毎晩、パトナ駅のプラットフォームの電灯の下で勉強し、そこで寝るつもりです」

その夜、アナンドは一睡もできなかった。窓の外を走り抜ける列車の音が、いつになく大きく、胸に響いた。彼は気づいた。自分の数学教室に通うことができる子供たちの背後には、そもそもパトナに来ることすらできず、教科書や日々の食事、宿泊場所がないという理由だけで、挑戦する機会すら奪われている何万、何百万という貧しい子供たちがビハールの農村に埋もれているということに。

翌朝、アナンドは母ジャヤンティと弟プラナヴを呼び寄せ、極めて無謀で、経済的には破滅的とも言える計画を打ち明けた。

「新しい教育プログラムを始めたい。ビハール州で最も優秀で、最も貧しい子供たちを30人、試験で選抜するんだ。彼らからは授業料を1ルピーも取らない。アパートを借りて全員を住まわせ、3食の食事を提供し、教科書もすべて買い与える。そして俺が、彼らをIITに合格させるための指導を無償で行う。母さん、彼らのために毎日ご飯を作ってほしい。プラナヴ、君は彼らの生活の管理と安全を守ってほしい。運営資金は、俺たちが夕方の一般クラスで稼ぐ塾の利益をすべて注ぎ込む」

母ジャヤンティは、2人の息子の顔をじっと見つめた。彼女は、夫を亡くしたあの暗黒の日々を思い出していた。彼女は迷うことなく、力強くうなずいた。

「勉強したいと願う子供たちがさらに30人増えるだけじゃない。この手がしゃもじを持てなくなるまで、私は喜んで彼らのためにご飯を作り続けるわ」

弟のプラナヴも、運営とセキュリティの責任を引き受けることを快諾した。

2002年、伝説の私塾「スーパー30」が正式に誕生した。

スーパー30で数学を教えるクマールさん
提供=アナンド・クマールさん
スーパー30で数学を教えるクマールさん

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