NHK朝ドラでは写らない天守
それは千代が生家を復元する10年余り前の昭和37年(1962)、熊本城(熊本市中央区)をはじめ多くの天守の外観復元を手がけた藤岡通夫氏が設計し、鉄筋コンクリート造で建てられた天守である。『伝岩国城断面図』などをもとにわかる範囲で、一国一城令で壊された天守の外観が再現されている。
しかし、ロープウェイで山頂に登ると、天守の50メートルほど後方に、かつて天守が建っていた天守台の石垣がある。というのも、この天守は錦帯橋から眺められ、錦帯橋とセットの景観で観光誘致につながるようにと、史実を無視して、山麓から見えやすい位置に建てられたものなのだ。
その精神は、錦帯橋や千代の生家の、過去の姿を可能なかぎり継承しようとする「本物志向」と著しく異なる。真に上質なものだけを選ぼうという千代の精神の対局にある、といってもいい。だから千代は、錦帯橋にあれほど執着しながら、城には滅多に言及しなかったのだと思われる。観光誘致をねらってウソを創り出す姿勢は、本物を見抜く力がある人の前では通用しない。
いまのところ「ブラッサム」で錦帯橋が映し出される際、千代の幼少期や若いころの場面でも、晩年の場面でも、天守は見えていない。千代の精神に即しているようで、好ましいと思う。
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