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美しい利他主義だけでは通用しない。一番の動機は力試しをしたいという僕の「エゴ」

若い人がそういう疑問を持つのは僕にも理解できます。「何が何でも目の前の課題に向き合って乗り越えろ!」なんていう根性論には反対です。僕自身、ロシアがウクライナに侵攻した際は、欧米や日本で支配的だった「ウクライナ人は逃げずに祖国を守れ!」という空気に反発して、「逃げられるなら逃げればいい」と発言し大いにバッシングを受けましたよ(苦笑)。

そもそも「祖国を守れ!」と抽象的・偽善的なことを言う政治家に限って、自分は安全な立場に居続ける。危険な前線に出ることもなく、最後には権力を使って海外に逃げ出すんじゃないかと思っています。何しろ僕は、命を取られるわけでもない、たかが選挙ごときのために、なりふり構わず駆けずり回る政治家の姿を知事・市長時代に山ほど見てきましたからね(笑)。

戦争になれば、「祖国を守る」ことはイコール「政治家たちを守る」ことになってしまう。だから若者たちが自分のために「生きる場所を変える」というのも、大いにありうる選択肢だと思うんです。

僕が38歳で政治家を目指したときはどうだったかというと、決して「愛する地元を守りたい」という美しい動機一筋、ではありませんでした。一番大きな理由は、シンプルに「自分の力を試したい」というもの。

正直言って、弁護士兼タレント兼コメンテーターを続けていたほうが、収入的にも精神的にも安定した人生を歩めたはずです。弁護士事務所のスタッフたちからも、「頼むから政治家だけはやめてください」と止められました。それでも政治を志したのは、はっきりいって僕のエゴ。今思うと若気の至りで、腕試しがしたかったんでしょう。

2007年12月、課題だらけの地元・大阪を変えるため知事選への立候補を表明した橋下氏
2007年12月、課題だらけの地元・大阪を変えるため知事選への立候補を表明した橋下氏。一番の原動力は、自分の力を試したいという「エゴ」だったという。

当時の僕は、コメンテーターとして大阪の政治・行政に限らずさまざまな社会問題に持論を展開していましたが、しょせんコメンテーターは“言いっぱなし”で、持論を実行するわけではありません。意見がどれほど素晴らしくても、それだけでは現実を変えられない。その状況に飽き飽きして、「ならば自分でやってみよう」と、大阪府知事選挙への立候補を決めました。口であれこれ言うだけでなく、実際に自分で政治に直接関わり、現状を変えてみたかった。

だから、政治に乗り出した一番の動機は、エゴと名誉欲(笑)。ただ、それだけかといえばそうではなく、「お世話になった大阪に恩返ししたい」という気持ちも当然ありました。

僕は小学校5年生だったときに東京から大阪へ引っ越しました。転入したのは、大阪でも特に“荒れている”と評判の地域で、転校初日に「おい、新米」と声をかけられたかと思ったら次の瞬間、どつかれていた(笑)。以来、喧嘩は日常茶飯事。いきなり後ろから飛び蹴りされたこともありますよ。

でも、実を言うと、そういう環境だったからこそ僕は多くの機会をもらえたし、成長できたと思っています。

というのも、当時の高校の学区制度では、僕が育ったやんちゃな地域から隣の学区の府立北野高校へ一定の進学特別枠が設けられていて、その枠を競うのは喧嘩相手だったやんちゃな面々(笑)。学区内から北野高校を目指す“王道”の生徒たちとは競わなくてよかったんです。僕はやんちゃな地域の中ではそれなりに成績がよかったので、内申点も断然有利。そういうふうに下駄をはかせてもらったから、そこまで優秀ではなかった僕でも難関校へ入学することができたんです。

しかも当時の北野高校には、偶然にも中学時代ラグビー部のキャプテンや副キャプテンだった生徒が集まってきました。それもあって、僕たちの代で北野のラグビー部は花園の全国大会へ出ることができたのです。早稲田大学へ進学できたのも、北野で秀才たちと勉強を競い合ったおかげ。

実は弁護士を目指した動機も、育った地域の喧嘩上等で先輩たちが後輩を支配するような生存競争の中で、自分を守れる唯一の武器がルールだと確信したから。そこから「法律」に強い関心を持ったんです。

さすがに司法試験に受かったのも大阪のおかげ……とまでは言いませんが、駆け出しの弁護士が、それも茶髪とサングラスに破れたジーンズ姿のスタイルでも受け入れてもらえたのは、大阪らしい鷹揚おうようさのおかげだと思います。

ちなみに言うと、当時の僕は何も奇抜な恰好をして目立とうと考えたわけではありません。担当していた青少年事件の当事者たちとうまくコミュニケーションを取りたい一心での試行錯誤です。グレて反社会的行動に手を染めてしまう青少年にとっては、上等なスーツをバリッと着込んだ弁護士よりも、ジーンズ姿のほうが親しみやすく、話もしてくれるだろうという僕なりの読みがありました。もっとも“ちゃんとした大人”からは不評で賛否両論ありましたけど、そんな弁護士でも「面白いやんか」と受け入れてくれたのは、大阪の環境のおかげだと思っています。

もし僕がずっと東京で暮らしていたら、こんなにチャンスをもらい、成長させてもらうことはなかったでしょう。だから、どこかで大阪に恩返ししたいという気持ちを強く持っていました。

ただ、そんな大阪は当時からいろんな課題を抱えていました。教育・経済・治安……。予算規模の大きな大阪府や大阪市の行政には多くの無駄がある一方で、公立学校には当時クーラーも給食もなかった。それで「わが子が育つ大阪がこのままではダメだ。なんとか立て直したい」と思ったことが、僕が政治家を目指した第3の理由です。

一人の市民、一人の保護者が「学校にクーラーを!」「給食を!」と嘆願しても、簡単に行政は動きません。ならば、自分が政治行政に直接関わり、現状を変えるべきだと考えたんです。

「利他だけ」を掲げるのはしょせんファッション

以上、僕が政治を志した「3つの理由」を説明しました。共通するのはすべて〈自分事〉だということです。政治家はよく抽象的に「国家・国民のために、改革をやり遂げます」などと利他主義を持ち出しますが、僕にとっては利己主義が原点。もちろん国や自治体という公の仕事を預かるのだから、金銭面や利権、保身のための利己主義は言語道断ですよ。究極的には利他を実現するのは当然のことです。でも、その活動のエンジンになるのは、あくまでも具体的な〈自分事〉であり、利己主義だと僕は思います。

なぜなら、政治と本気で向き合うには、人生のすべてをかけるくらいの高い熱量が必要です。場合によっては反対の者から命を狙われる危険もあります。それでも政治をやり遂げようとするのは何のためか。「国家・国民のため」という抽象的・形而上的な動機では弱すぎます。それはしょせん支持者向けのアピール、ファッションにすぎません。より具体的で卑近な、「自分の能力を試したい」「名誉欲を満たしたい」「これから育つ子供のために」という形而下的・具体的な動機がなければ、人生や命なんてかけられませんよ。そうして政治を前に進めた結果、国や地域への恩返しといった利他的な目標も達成できるということ。

だから僕は思うんです。抽象的に「国家・国民のため」を連呼するだけで、そこに具体的な〈自分事〉が見えてこない政治家がいたらご用心、と(笑)。そういう政治家は結局、「政治家であり続けること」が唯一大事なことで、要するに政治が生業なりわいになっている。それならいくら課題だらけでも、その国や選挙区を出ていくはずはないですよ。政治家に質問した若者は、そういう裏側の真実を見抜いていたのかもしれませんね。

(構成=三浦愛美 写真=時事通信フォト)

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