ドリフの前で寝るという大失態

初めてドリフに会ったのは、1985年(昭和60年)6月、本番前日金曜日のH本読み室。狭い部屋にドリフターズ5人がヨコ一列に座っていたのでよく覚えている。みんな、稽古用にジャージみたいなものを着ていたと思う。長さんは禁煙パイポみたいなものをくわえて終始遠くを見ているような表情だった。プロデューサーが僕のことを紹介する。

「今月から、全員集合に配属された、新入社員の園田です」
「園田憲けんと申します。よろしくおねがいします」

志村けんさんが僕のことをギロッと二度見してツッコんだ。皆は笑ったが、その目線の強さに、僕は怯ひるんだ。

あとで知るのだが、僕が配属された6月には番組が9月いっぱいで幕を閉じることが決まっていた。本番前日のリハーサルも、立ち稽古はなく、狭い本読み室で翌日のコントの流れを確認するだけ。しかし何かと変更も多いので、AD数人も会議室の隅で息を潜めて打ち合わせを見守る。

担当ディレクターと作家がホワイトボードで5人のメンバーに、コントの流れを説明していく……。

と、刺すような痛みで意識が戻る。「刺すような」というのは間違いで、正確には「刺さった」だった。僕のヨコに座っていた先輩Dが、先のとがった鉛筆で僕の太ももをチクと刺したのだ。

どうやら僕はドリフターズの前で寝てしまったらしい。よほど緊張感がないのか、バカなのか。おそらくその両方だろう。

休んでいると大道具スタッフに怒鳴られる

また、こんなこともあった。

何回目かの土曜日、生本番の当日。コントのドライ(カメラなしのリハーサル)の途中、舞台の上で僕は立ったまま寝てしまい、ガクンと膝が折れた。幸い、誰からも気づかれていないようだった。その後、ドリフからの要望で大道具の直しが入り、リハーサルが止まっているスキをみて、僕は舞台の下手袖で暫しばし、しゃがみ込んで休んだ。

暗い部屋で途方に暮れた男
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです

しばらくして、大道具のチーフに上手袖に呼ばれた。「おいオマエ、ちょっと来い」

そして野太い声でこう怒鳴どなられた。「おまえらが人動かして仕切ってんだろう。で、なんで入ったばかりのオマエがしゃがんで休んでんだ!」

その後来週のコントの、エアコンから大量に水が出るという仕掛けの発注に関して、文句は続く。

「おまえら簡単に言うけど、その重量だと鉄骨組まねぇともたねぇんだ。ディレクターに言っとけ!」

その怒られ方は「打たれる」というより、ほとんど恫喝どうかつだった。僕は大道具さんに恫喝されていたのだ(のちに『バキ打ち』という言葉がはやる。『バキバキに打たれる』からだ)。