本当に驚いたのはその日の夜でした。銀座の和食店で会食がありました。私はワインエキスパートの資格を持つほど酒が好きで、和食なら日本酒を合わせることも楽しみの一つです。ところが、その晩は日本酒を飲みたいと思いませんでした。「ダイエット中だから控えよう」と言い聞かせたわけではなく、欲しいと思わなかったのです。
薬との関係がどこまであるのかは分かりませんが、「飲みたいのに我慢する」を長年繰り返してきた私にとって、「そもそも飲みたいと思わない」感覚は初めてでした。
サウナの後なのに、寿司3貫とキンキ一口で終わった
さらに驚いたのが、投与開始から3日後の5月23日です。サウナで汗をかいた後、それまでの私なら冷たいビールと食事を楽しみにするところですが、馴染みの店で料理が並んでも食欲が湧いてきません。
脂の乗ったキンキの素揚げを口にすると、おいしい。それなのに食べ続けられず、結局食べられたのは寿司3貫とキンキを一口ほど。その後、強い気持ち悪さでテーブルにうつ伏せになるほどでした。この約4カ月で気持ち悪さが最も強く出たのは、この日です。
私自身はこの体験を治療開始後の身体の反応として記録していますが、症状と薬剤との関係については主治医の確認を受けながら経過を見ています。
食べたいものを我慢しなくて済むことと、食べたいものまで食べられなくなることは、まったく別物なのです。
「我慢する」という作業がなくなった
一方で、日常の食事ではもっと静かな変化も起きていました。食べ物が嫌いになったわけではなく、料理を見れば、おいしそうだと思い、味も分かります。ところが、食事を始めてしばらくすると、「もういいかな」と思うのです。
以前ならもう一口、もう一皿と手が伸びていたところで、欲求そのものが静かになっている。これまでのダイエットは、「まだ食べたい。でも太るからやめておこう」でした。治療を始めてからは、「もう、それほど欲しくない」という日が出てきました。
この二つは、似ているようでまったく違いました。前者には「我慢」が必要です。目の前に食べたいものがあり、それを意志の力で止める。だから一度意志が緩めば、食べる理由はいくらでも見つけられました。
ところが、「食べたい」という欲求そのものが弱くなると、食べるか食べないかをめぐって、頭の中で交渉する必要がありません。私はこれまで、「食べるかどうか」を意志が決めていると思いすぎていたのではないか。少なくとも私自身については、「食べたい」という感覚と、それを我慢する「意志」を分けて考えるようになりました。
7月31日、体重計に「79.6」
5mgに増量した後の6月中旬、姪の就職祝いで鉄板焼きに行きました。脂の多い肉は食べにくいかもしれないと思い、赤身のシャトーブリアンを選びました。一口食べると、やはりおいしい。ところが不思議なことに、おいしいのに、もう十分なのです。結局、自分の分のシャトーブリアンの4分の1ほどしか食べられず、残りは姪に譲りました。
「もっと食べたいのに我慢しよう」ではなく、一口一口をゆっくり噛みしめれば、それで満足できる。20年以上ダイエットを繰り返してきた私には、ほとんど経験したことのない感覚でした。

