無気力なダメ人間だった
緑豊かな山々に囲まれた福田刃物工業を訪ねると、KISEKI:ブランドマネージャーの福田恵介さんがニコニコ顔で出迎えてくれた。エンジニアとしてKISEKI:を生み出しただけではなく、独自のマーケティング戦略でヒット商品にまで押し上げた人物だ。
関市で生まれ育ち、川で泳いだり、釣りをしたりして、自然のなかで外遊びばかりして元気に育った恵介さんは、高校に進むと様子が一変。中学までは勉強しなくてもそれなりにできていたのに、高校に入ると自分より頭のいい人がたくさんいる環境になり、「無気力になってしまった」という。
都会への憧れから埼玉県の大学に進学して数学を専攻したものの、やる気のなさは相変わらずだった。就職活動の時期にバブルが弾け、運良く採用された富山県にある工作機械メーカー不二越に入社。ところが、ここから心機一転、仕事に打ち込むようになる。恵介さんはもともと負けん気の強い性格だったこともあり、学校とは違って同期と比較される環境になったことがいい刺激になったようだ。
「全然一生懸命やってこなかったんで、このままいったら自分は本当にダメ人間だなと思いました。それで、就職してからむちゃくちゃ仕事し始めたんです」
出向先で叩き込まれた“トヨタ方式”
最初は「興味がなかった」機械設計も、やっていくうちに楽しくなっていった。夜中まで図面を書き、難しい設計もできるようになっていく。その姿勢が評価され、取引先のトヨタへの出向が決まる。当時の上司も「どうせやるなら楽しくやったらいいぞ」と温かく送り出してくれた。
初代プリウスのトランスミッションギアなどの開発に関わるなかで、恵介さんは「トヨタ方式」を学んでいった。そのひとつが、「先に商品の発売日を決めて開発する」というもの。締め切りを最初に定めることで、なにがなんでもそれまでに開発を間に合わせるというやり方だ。
「トヨタでの3年間は自分にとって転機でした。上司もすごくいい人で、この人のためならと、ますます仕事に打ち込みました。それまでダメダメだった自分が、『やればできるかもしれない』という自信がつきましたね」

