リーマンショックで赤字転落
トヨタで充実した時間を過ごしたあと、当時、福田刃物工業の4代目だった父親に呼び戻され1999年に入社した。
1896年(明治29年)創業の同社は、日本で初めてポケットナイフの量産をした刃物メーカーだ。
その後、工業用刃物に転換し、日本初の紙断裁包丁の製造に成功した。現在は、紙幣や雑誌、ペットボトル、ゴムなどさまざまな素材を切るための大型の工業用刃物を生産している。完全受注生産で、オーダーメイドのものづくりを得意としている会社だ。
しかし、2008年にリーマンショックが同社を襲った。季節は秋。第3工場が完成し、これからという時期だった。当時、見積りを担当していた恵介さんは、それまで次々と送られてきたファクスの注文がグッと減っていることに気づいた。
ピンチを切り抜けるために営業を3倍に
翌年の年商は9億7000万円から6億2000万円に減少、経常利益はマイナス1400万円まで落ち込んだ。これを乗り越えるために、さまざまなことに取り組んだ。それまで代理店に任せていた営業を自分たちで行おうと、営業職の人数を10人から30人に増やした。それまで経験のなかったプラスチック用の刃物や工作機械部品などの分野にも挑戦していった。
売り上げを伸ばすために恵介さんが活用したのが、3年間で身につけた「トヨタ方式」だ。先に発売日を決めて、そこに向かって開発をする。恵介さんは今も「先に受注を取って、あとから機械を導入する」という方法を続けている。このやり方を「絶対にリスクのないもの」だと自信を持って話す。
「たとえば1億円の仕事を受注したら、1週間後に中古の機械を導入します。中途採用もします。先に1億円の仕事が決まってるので、1000万円の機械を買っても余裕じゃないですか。確実に受注がわかっていれば、機械を入れるリスクはないんですよね」

