文系の兄と理系の弟
借金をして先行投資で機械を導入するというやり方ではなく、受注ありきで、そこからスピード勝負で機械と人を導入する。恵介さんは技術職でありながら、見積りをつくり、営業と組んで戦略を練って売り上げを伸ばしてきた。来た仕事は断らず、機械と人を導入することでやり切る。
こうして、当初60人だった従業員は現在175人に、2つだった工場は5つまで拡大している。工場拡大の判断は、土地の売買も含めてすべて恵介さんが担う。
「毎日仕事が楽しくてしょうがない」と声を弾ませる恵介さん。それは、「すべての判断が自分でできるから」だと言う。
これだけ伸び伸びと仕事ができるのは、兄であり社長の克則さんが「自由にやらせてくれるから」。文系の克則さんは、社員の環境づくりなど会社全体のことや広告塔としての役目、理系の恵介さんは、開発や機械を導入する判断、売り上げを伸ばすことなど、兄弟で役割分担してきた。
「工場の拡大も土地の売買も、全部自由にやらせてくれるので、兄は器が大きいと思います。親、特に母親は『兄弟仲よくね』とずっと言ってくれていたので、親にも兄にも感謝ですね」
福田刃物工業ではBtoBの工業製品は、代理店に任せず自分たちで営業をするなどの方法で、常に利益率10%以上を維持している。これは中小の黒字企業の約2倍にのぼり、「業界的にすごい利益率」だと胸を張る。利益をしっかり残してきたことで、機械の導入や人の採用を行い、規模を拡大してこられたのだ。
これらの地道な努力によって、リーマンショックで6億2000万円まで落ち込んだ年商はV字回復し、約20億円まで伸びた。しかし、そこにコロナが襲いかかる。
誰もやっていないことへの挑戦
これまで右肩上がりだった売り上げがコロナで横ばいになった。恵介さんは当時、「マイナスではなく横ばいで持ち堪えたこと」を冷静に評価しつつも、「従来のやり方では世の中の不景気に左右される。なにか核になるものをつくらないと」と強く感じた。
思いついたのがBtoC商品だ。ずっと法人向けに製品をつくってきたが、どれだけいいものができても世間には知られない。世の中にあるヒット商品に目がいった。
キャンプ好きの恵介さんが最初に試したのが、焚き火台だ。設計に自信を持っていたので「簡単にできる」と思っていた。しかし、実際に使ってみると一部がボロボロになり、地面も燃えてしまった。その様子を見た時に「専門性が必要だ」と実感した。
「僕は刃物や物を切る構造に関して、エンジニアとしてプロだから、やっぱり刃物だなって思ったんです」
こうして、家庭用の包丁をつくる決意をした。



