能ある人の活躍の場を奪う組織の病理

一方、たとえば有名私学のトップクラス学生たちの能力は、大学によりそのパーセンテージこそ異なるものの、平均的な東大生や京大生のそれを上回る例もままあるといわれている。

これは、国立大学定年退職後にそのような大学に移った教授たちをも含め多くの教授たちが認めるところであり、また、そうした学生は、大学に入るまであまり勉強をしてこなかったためか、適切な指導さえ受ければ、伸びしろも大きいのだ。

けれども、医師、弁護士、大学教授等の専門職に就くのでない限り、彼らのそうした能力が適切に評価され、社会のためにも活用される余地は、必ずしも大きくない。

適切な評価基準の欠如という問題もある。文科省サイドやそれに近い人々の設定する大学認証評価基準がその典型だが、まさに、前記のような限られた「優等生的能力養成力」を測るものでしかなく、問題発見や設定の能力、創造性、独創性等の、現在の世界で最も必要とされるような能力の涵養かんようについては、ほとんど考慮されていないのである(これには、まことに残念ながら、文科省の官僚たち自体が、行政官僚の中でみてもこのような能力において高いとはいいにくいことも関係しているのかもしれない)。

さらにいえば、いわゆる日本型エリートたちによって構成される組織においてさえ、前述のような能力をもった者がそれにふさわしい活躍の場を与えられる例は、必ずしも多くはないのだ。

部署で区切られた机で並ぶビジネスマン
※写真はイメージです(プレジデントオンライン編集部にてAdobe Fireflyで作成)

独創性をもった裁判官の辿った道

ここでも裁判官を例にとってみると、たとえば、私と同期の裁判官で、単に上質の誠実な優等生というにとどまらず、何らかの創造性や独創性をもっていると私がみていた人物は、三人いた。

一人は、本書『法律家が見た日本社会の病理』の「場の論理」の箇所でふれた大塚正之(東大経済学部出身)である。あと二人については名前を挙げるのは控えるが、Aは、東大教育学部在学中に独学で司法試験に合格している。東大法学部でも四年生合格者は数えるほどだった当時の状況を考えるなら、その能力は明らかだろう。裁判官としては、社会的価値にかかわるいくつかの目立った判決を残した。

Bは、当時の東大法学部優等生の典型というタイプで、頭が切れ、記憶力抜群だった。彼については、おそらく、上昇志向、承認欲求も相対的に強かったのではないかと思うが、自分の専門分野の判決では筋を通した。

私自身はといえば、元々学者が裁判官をやっていたようなものだったので、裁判官を務めるかたわら研究と執筆に打ち込むうちに孤立して、学者に転身した(なお、今のところ弁護士登録もしていない)。このことは、私の書物の読者なら知っている人も多い(拙著『裁判官が見た人間の本性』等)。

だが、私が58歳で裁判官をやめたのは、実は、前記の三人よりもあとだったのである。