北海道開拓で活躍していたかもしれない
――もしも龍馬があそこで暗殺されずに生きていたら、その後の人生で、どんなことをしていたと思いますか?
一説に明治政府の参議に名が挙がっていて、本人もまんざらではなかったとされますが、海軍大臣あたりに収まっていた可能性はあります。というのも晩年の龍馬は、政治活動が主で、海援隊の活動、すなわちビジネス面が従になっていたからです。
しかし最晩年の書状には、蝦夷地での活動計画が具体的に書かれており、やはり龍馬は、内戦が終わったら海援隊の活動に軸足を戻そうとしていたのではないかとも思います。
つまり北海道開拓と、その物産で貿易を盛んにしていくという生き方ですね。
「きっと大丈夫だろう」が隙を生んだ
――龍馬の敗北から学ぶべき教訓をお願いします。
第一に「油断と慢心を慎むべし」です。
龍馬が狙われていることは、周囲の人からの情報で分かっていました。それでも龍馬は高を括っていました。大政奉還が成った今、自分を殺す意味がなくなっていたからです。おそらく正常性バイアスが働き、自分にそう言い聞かせてもいたのでしょう。
人というのは長い緊張に耐えられません。そのうち緊張状態に慣れてしまい、油断や慢心が生まれてきます。龍馬の死は、それを教えてくれています。
第二に「過度な買い被りを捨てるべし」です。
自分は新しい日本のために必要という思いが、龍馬にはあったと思います。しかし敵には敵の思惑があり、別の動機で動いています。つまり日本の将来を見据えた大局観などないのです。現代の組織社会を生きるわれわれも同様です。自分がいないと会社は回らないと思っているのは、自分だけなのです。
第三に「己の運の強さを過信するべからず」です。
誰でも「自分は運の強い人だ」と思いたがります。しかし本当にそうでしょうか。運などというのは少しでも気を許すと、するりと去っていきます。おそらく龍馬は自分の運の強さを信じていたのでしょう。そのため脇が甘くなっていて、そこを突かれたのです。
私は常に「自分は運の弱い方だ」とか、「まだ運を使いきっていない」という考え方をします。そうすると物事に対処する時に慎重になり、また掴んだ運を手放さないようになります。
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