どんな場所でも学びは得られる
仕事人生において、時には不本意な環境で働かざるをえないことがあります。意に沿わない部署への配属を命じられたり、気が乗らない業務を任されたりして、「自分の経歴や実績なら、ほかに能力を活かせる場所があるはずだ」と不満に思うこともあるでしょう。
しかし、最初は自分にふさわしくないと思えた環境も、考え方次第で、仕事のやりがいや喜びを得られる場所に変わる可能性があります。そのことを教えてくれるのが、医療小説の傑作とされる山本周五郎の『赤ひげ診療譚』です。黒澤明監督・三船敏郎主演の映画『赤ひげ』の原作としても知られています。
物語は保本登という名の青年が、江戸の小石川養生所に呼び出される場面から始まります。彼は3年間の長崎遊学を終えたばかりで、江戸に戻った後は、知人の推薦で徳川幕府が召し抱える御目見医になれるはずでした。ところが養生所の医長である“赤髯”こと新出去定は、登にこう言い渡します。
「おまえは今日から見習としてここに詰める」
このひと言で、登は貧しい人々を治療する養生所の見習い医として、住み込みで働くことになります。長崎で最新のオランダ医学を学び、幕府のお抱え医師として出世コースを歩むつもりだった登にとって、想像もしなかった不本意な配属でした。
彼は養生所を「こんな掃き溜のようなところ」と吐き捨て、「こんなところの医員になるつもりで修業したわけじゃない」と不満をあらわにし、医長の去定にも反抗的な態度を取り続けます。傲慢な物言いですが、登にしてみれば「自分がいるべき場所はここじゃない」という苛立ちでいっぱいだったのでしょう。
しかし、ある出来事をきっかけに、彼の考えは変わり始めます。薬の入った酒に酔って前後不覚になった登が、精神を病んだ女性患者に殺されそうになったところを、去定に助けられたのです。
「このことは誰も知らない(中略)だから他人に恥じるには及ばないが、懲りることは懲りろ、わかったか」
自分の失態を恥じて涙を流す登にそう語りかけ、「いいから眠れ」と言って部屋を出ていった去定の足音を聞きながら、登は心の中で呟きます。
「――赤髯か、わるくはないな」
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