割り切れない思いとどう付き合うか
「覆水盆に返らず」ということわざがあるように、人生には取り返しのつかないことがあります。「自分の選択は間違いだった」と後悔することもあれば、他人に対して「なぜあんな選択をしたんだ」と恨みたくなることもあるでしょう。
なかには「引きずっていても仕方ないから忘れよう」とすぐに割り切れる人もいるかもしれませんが、どうしても思いを断ち切れないこともあるのが人間というものです。後悔や恨みといったドロドロした感情を抱えた者が、どのような人生を送るのか。それを男女の恋愛と金銭をめぐる一大ロマン小説として描いたのが、尾崎紅葉の『金色夜叉』です。
明治時代の小説で最も大衆に愛読された作品の一つとされ、演劇や映画でも繰り返し題材になっているので、原作を読んだことがない人も、主人公の貫一・お宮(間貫一・鴫沢宮)の名前とあらすじは知っているかもしれません。
なかでも有名なのが、お宮の裏切りを知った貫一が熱海の海岸で彼女を蹴り飛ばす場面と、恨みをぶつけるセリフです。
「来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから」
ただし、これはかなり簡略化されていて、小説ではこの前後に貫一の凄まじい怒りと執着を表す言葉が並びます。
「再来年の今月今夜……十年後のちの今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ!」
「月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」
このセリフだけでもわかるように、この小説は壮大な恨みの物語です。
貫一とお宮は結婚を約束した仲でしたが、資産家の息子である富山(唯継)に求婚されたお宮は応じます。お宮が自分の愛情より財産を選んだことに絶望した貫一は、金銭の鬼と化して高利貸しの手代となりますが、どんなに金を稼いでもお宮への恨みは晴れません。
「返す返す恋いのは宮だ。(中略)けれど、それは富山の妻になつてゐる今の宮ではない」
「五年前の宮が恋い。俺が百万円を積んだところで、昔の宮は獲られんのだ!」
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