PayPayが止まった8月のある日
「初めて売り上げを立てた日」をインスタにあげると、300万回再生となり、すぐに注文が入るようになりました。
でも、8月、私の個人口座の残高は2158円になったのです。売れているのに、お金がない。正確に言うと、会社にはお金があって、私個人にはなかった、というなんとも歪な状況になっていました。
その原因は、住民税です。
住民税は、前年度の年収で計算されます。外銀での年収は、約1100万円。翌年の住民税は、約100万円でした。1回の支払いで約30万。それが、年に4回来ます。遊んでいない。ぜいたくもしていない。クーラーをつけずにブロッコリーを食べている人間に、前の年の高い年収を理由に、100万円の請求が来る。
気づいたときには、8月になっていました。PayPayが止まりました。チャージできない。コンビニで何かを買おうとしても、決済が通りません。救ってくれたのは、それまでに貯まっていたPayPayポイントでした。約1万2000円分。それで、しばらく食費をまかなっていました。まさにポイントで数週間を食いつなぐ状況です。
覚悟することと、引き受けることは違います。冬に葉を落とした木は、枯れていても根は土の中で動き続けている。残高2158円は、地面の上の話。土の下では、注文が入り続けていました。自分の血流が止まりそうでも、会社の血流は止めてはならない。たとえ、孤独でも。
個人口座残高「2158円」の教え
残高2158円の画面を見ながら、私はもう一つのことを考えていました。
なぜ、これだけお金がないのに、明日もミシンの前に座ろうとしているのか。外銀の月90万を捨てて、ポイントで生きているのか。答えは、わりとはっきり出ました。
外銀の月90万は、額としてはもちろん大きいです。でも、その仕事に、私は価値を感じられなくなっていました。誰の生活が変わっているのか、見えない。資料は翌週には古くなる。自分でなくてもいい仕事。その感覚が、9カ月間ずっとあった。
四畳半のポイント生活の仕事は、額としては小さい。でも、「帰りを待つわんこ」のコメント欄に、飼い主と犬のリアルな時間が書かれていました。私が想像した場面と、コメントを書いてくれた方が思い浮かべた場面が、刺しゅうの上で重なる。その感覚が、残っていました。
仕事の手応えは、数字の大きさでは決まらない。自分の手から、画面の向こうの誰かの生活へ、何かが届いた感覚があるかどうか。それがある仕事なら、残高が2000円台でも、明日またミシンの前に座れる。残高の画面は、そのことを問いかけてきました。

