「物語」で顧客を「結果」に誘う
最初の「かわいい」を動画へのDMでもらってから、私はもう一つ大きな仮説を立てていました。論理的にバズる作品を、一つ作れないか。マーケティング的な言い方になりますが、外資系投資銀行の前にやっていたインターン時代に学んだことが、この瞬間、一番使える気がしました。
そこに生まれる物語を見せること。
刺しゅうとアパレルの市場を、私はずっと見ていました。かわいい動物。きれいな花。トレンドに沿った服。すでにいいものはたくさんありましが、「ここは何かが違う」と立ち止まらせる商品やブランドは、少ないと思っていました。
器具の豊富さで勝負するスポーツジムが世の中にたくさんあるなかで、ライザップは「結果にコミットする」と打ち出して市場を変えました。結果を約束してくれるなら行ってみようか――。
市場には、まだ角度がついていない領域がたくさんあります。私が「帰りを待つわんこ」の刺しゅうでやろうとしたのも、それに近いことでした。
服の着こなしやトレンドで勝負するブランドがほとんどの世の中で、「世界的なブランドを私が作る」そのストーリーごと売ったら? 商品そのものにも、飼い主の心を動かす犬のストーリーがあったら?
心が動くのは飼い主が見ていない間に、犬が何をしているかです。仕事から帰ってくる飼い主を、玄関で待っている。その姿を想像してもらえたら、勝てるかもしれない。
「帰りを待つわんこ」がバズって起きたこと
「帰りを待つわんこ」の動画が回り始めた翌朝、フォロワーの数が大きく増えていました。注文が積み上がっていく。コメントが止まらない。私はその画面を見ながら、何を感じたか。爆発的な喜びかというと、違いました。安心が、8割くらい。
回ってくれるだろうとは思っていました。でも実際に回るかどうかは、出してみるまでわからない。その答えが、ようやく返ってきた。うれしいより先に安心が先でした。
残り2割は何かというと、怖さです。ストーリーで集めてしまったから、次の作品で離れるかもしれない。フォロワーが増えれば増えるほど、次が問われる。喜びより先に、その怖さが来ました。親に「食べていけそうです」と伝えたのも、この頃でした。短い返事でしたが、それで十分でした。
安心が8割というのは、冷静に聞こえるかもしれません。でも、これが正直なところでした。大きなことが起きたとき、人は意外と静かにそれを受け取ります。爆発的に喜べなかった自分を、おかしいとは思わなかった。ただ、続けてよかった、とだけ思いました。
続けた先にしか、この朝は来なかったから。


