コロンブスが欧州に持ち帰った「呪い」
近年、梅毒患者数が急増し高い水準で続いているというニュースを目にしませんか。数百年眠っていた病魔が沈黙を破り、再び猛威を振るっています。これは単なる医学的注意喚起ではなく、この病気がいかにして世界史を書き換えてきたかというお話です。
歴史を変えた大戦争や宗教改革、そして暴君たちの狂気まで、全てに「梅毒」という見えない糸が絡みついていました。かつてはグレート・ポックスと呼ばれ、天然痘よりも恐れられたこの病気。世界史の陰で暗躍したシリアルキラーの正体に迫りましょう。
梅毒の起源として最も有力なのが「コロンブス交換説」です。1492年にアメリカ海域に到達したコロンブス一行は、恵みと共に呪いを持ち帰りました。乗組員が現地の女性と関係を持ち、新大陸の風土病であった梅毒に感染したのです。ヨーロッパに帰還した船員たちは真っ先に港の娼館へ向かい、その娼館の娼婦を抱いた客からネズミ算式に感染が拡大しました。
薬であるはずの水銀でもボロボロに
さらに1494年にイタリア戦争が勃発し、兵士たちはナポリの女性や従軍娼婦と交わって感染し、戦争が終わると菌を故郷へ持ち帰りました。こうして梅毒は数年でヨーロッパ全土へばら撒かれます。イタリア人はフランス病、フランス人はナポリ病と、皆自分の敵国の名前をつけて責任をなすりつけ合いました。それほどまでに、梅毒は当時のヨーロッパに衝撃を与えた恐ろしい病だったのです。
当時の梅毒は毒性が強く進行が早かったといわれます。性器に潰瘍ができ、全身に膿を持った発疹ができ、肉が削げ落ち、鼻が欠け、口が崩れるといった耐えがたい苦しみを味わいました。
ペニシリンがない時代、唯一の治療法は水銀でした。水銀入りの軟膏を患部に塗ったり蒸気を吸い込んだりした結果、患者は水銀中毒でボロボロになり、歯は抜け落ち、精神錯乱を起こして死ぬ有様でした。一時の快楽の代償は、一生続く水銀中毒の苦しみに繫がりました。

