「性の解放」に抗った改革者ルター

梅毒は一般庶民だけでなく、聖職者や貴族にまで急速に広がりました。当時は神中心の社会から人間中心の世界観へと移行するルネサンスの真っ只中で、性の解放の時代でもありました。禁欲的であるはずの聖職者すら娼館に通い、ローマ教皇アレクサンデル6世は愛人を囲って夜な夜な乱交パーティーを開いたといわれます。

社交場として流行した混浴の公衆浴場は事実上の売春宿と化し、感染の温床になりました。この惨状に立ち上がったのが宗教改革者のマルティン・ルターです。彼は性道徳にも厳格で、公娼制度の廃止を強く訴えました。背景には梅毒の蔓延という現実的な危機があり、売春をなくすことこそが唯一の防疫対策だと直感していたのかもしれません。歴史的な宗教改革の裏側には、性病への恐怖があったのです。

梅毒は進行すると脳や神経を侵し性格を激変させます。その悲劇が国家規模になったのがイギリス国王ヘンリ8世です。若い頃は名君でしたが、晩年に激太りし妻を処刑するなど被害妄想に取り憑かれました。その原因は梅毒による脳へのダメージだったと指摘されています。彼の足には梅毒特有の治らない潰瘍があり激臭を放っていました。

ヘンリ8世の肖像画。ウォーカー・アート・ギャラリー所蔵
ヘンリ8世の肖像画。ウォーカー・アート・ギャラリー所蔵(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

さらに恐ろしいのが先天性梅毒です。最初の妻は流死産を繰り返し、唯一生き残った娘メアリ1世も先天性梅毒による激しい頭痛や視力障害に苦しんでいました。彼女がプロテスタントを大量に火あぶりにしたのも、身体的苦痛が性格を残酷にしたからだといわれます。

フランスで流行した「白いカツラ」の真実

恐ろしい病気はファッションをも変えました。バッハやルイ14世でおなじみの白いカツラは、梅毒の第2期症状である脱毛を隠す対策から始まったといいます。ハゲは「女遊びで病気になった」という噂を呼ぶため、貴族たちはこぞってカツラを被り正装として定着したのです。

また、当時の貴族の厚塗りのおしろいも梅毒の発疹を隠すためでした。華やかな宮廷文化の裏には、性病への恐怖と見栄で必死に隠す人々の悲哀が伴っていたのです。

1940年代のペニシリン普及により、人類は梅毒に勝利したかのように見えましたが、今また感染は拡大しています。マッチングアプリの普及などで不特定多数との出会いが容易になった現代は、ルネサンスの人々が自由を謳歌しすぎて病に倒れた状況と重なります。

人間の欲望という本質が変わらない限り、この病気はなくなりません。