ドラマの検地は「領民のため」だが…
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。第38回「和を以て、大和をなす」では、秀長(仲野太賀)による大和の国づくりが描かれる。城下町・郡山の商いを活性化しようとする秀長だが、既得権益を守りたい奈良の豪商たちは郡山への移転を拒否する。
そこで秀長は、郡山で新たに店を開いた筆屋の才蔵(間宮祥太朗)の商いを成功に導き、それを起爆剤に各地から商人を呼び込もうと考える。
抵抗する古い既得権益を押しのけ、新しい風を吹き込む。いかにも爽快な物語である。前回の第37回でも、寺社が高い年貢を取り立てて領民を苦しめていると知った秀長が、検地で適正な年貢に改めようとする姿が描かれた。秀長は、領民思いの名君として描かれている。
しかし、これはあくまで秀長が主人公だからこそ描かれた創作エピソードに過ぎない。史実の検地は、領民に優しい政策ではなかった。天野忠幸の『大和大納言 豊臣秀長』(平凡社、2025年)によれば、検地は1585年閏8月(秀長の入国直前)から行われている。
検地の方式は「指出」、つまり持ち主が自分の土地と収入を自己申告して差し出す形だった。ところが、秀吉も秀長も、出てきた申告書をそのまま受け取ったわけではない。気に入らなければ、何度でも出し直しを命じた。
象徴的なのが、奈良の垂井郷という町の、家屋敷にかかる税の申告書である。最初に出された書類には、土地の持ち主である興福寺の子院や豪商と、そこに住む人の両方が書かれていた。ところが、12月に出し直させられた書類では、持ち主の名前が消えて、住んでいる人だけが記載されている。
興福寺の領地を没収、庄屋37人を捕縛
何が変わったのか。それまでは、住民が払う税の一部が、間に立つ寺や豪商に流れていた。ここから持ち主の名前を消すということは、その中間の取り分を認めない、という意味になる。
その結果、興福寺領は約1万5000石と定められ、約7200石が出目、つまり申告を超えた増加分として没収された。大乗院にいたっては、現実に占有している分(当知行)の914石しか認められず、反銭・反米(田畑の面積に応じて課される税。銭で納めるのが反銭、米で納めるのが反米)を取り立てる権利まで否定されている。長らく大和に影響力を持ってきた寺社勢力を、徹底的に削りにいったわけである。
