「おかんパン」という言葉が、先に生まれた

ところでこのパン、なぜ「おかん」だったのか。

はじまりは、「私たちは大阪のパン屋です」と知ってもらうキラープロダクトをつくるための社内ワークショップで「大阪らしさとは何か」が議論されたことにある。

ヒントをくれたのは、多田さんの妻佑衣さんだった。仙台出身の佑衣さんは、大阪に来てから感じる違和感をよく口にしていた。

「大阪のお母さんは寝るとき『もう寝るで』っていうよね。なんで『おやすみ』って言わないの?」

素朴な疑問だが、大阪の母の面白さに気づいた瞬間だった。そういえば県民性にスポットが当たるテレビ番組でも、大阪が登場するときは必ずと言っていいほど「おかん」が出てくる。自分たちには当たり前すぎるが、外の人にとっては強烈なイメージが残るのかも……。

そうして、商品の中身ではなく、「おかんパン」という言葉だけが先に決まった。

「言葉のインパクトが強すぎたんです。大阪らしさを表すアイデアはほかにもいろいろあったけれど、この言葉に勝てるものがありませんでした」

既存のパンに、焼印を押すだけ

名前は決まった。では、どんなパンにするのか。

ここで多田さんは慎重になった。同社は、毎月5種類ほどの新商品を出している。だが「世の中にない新しいパンです」と斬新な商品を打ち出しても、ピンと来てもらえるだろうか。売れずにすぐ消えてしまうのは避けたい。コロナ禍を経たばかりで、開発にかけられる資金も乏しかった。

さまざまなアイデアが出たが、結論は、「約40年前から一番売れているミルクパンを、おかんパンにしよう」。発案者は多田さん自身だった。すでに支持されている商品なら、売れ残ってもミルクパンとしても買ってもらえる。リスクは小さい。ミルクパンに「おかん」の焼印を押し、日持ちする個包装にして、箱に入れお土産らしく仕立てよう。

ミルクパンがおかんパンに変貌する瞬間。一つ一つ手作業で焼き印されている。
撮影=プレジデントオンライン編集部
ミルクパンがおかんパンに変貌する瞬間。一つ一つ手作業で焼き印されている。

「けど、それだけだと『いやこれミルクパンにハンコ押してるだけやないか』と常連さんに突っ込まれるかもしれないなと。だから、おかんパンでしか食べられない味を追加しよう。なら定番のチョコがいいかなと、チョコ味を開発したんです」

新商品をゼロから生み出すのではなく、足元にある一番の売れ筋を、見せ方を変えて出す。長年住み込まれた家に、新しい暖簾を掛け直すような商品開発だった。

80年間、選ばれ続けた味の決め手

おかんパンの土台になったミルクパンとは、そもそもどんなパンなのか。

一般的に「ミルクパン」といわれるパンは、ミルクを加えたパン生地の塊を正方形に切り、発酵させて焼くものだ。だがダイヤのミルクパンは、生地を薄く伸ばしてカット、そのなかにミルククリームを置き、生地を4層に折りたたんで成形する。そうすることで、味と食感に奥行きが生まれるという。

おかんパンの断面。チョコも、ミルククリームも、4層になっている。
撮影=プレジデントオンライン編集部
おかんパンの断面。チョコも、ミルククリームも、4層になっている。

この工程、かなり手間がかかる。けれど40年前の記録に、「3層では美味しくなかったので4層にした」と残っているそうで、長くそのまま受け継がれてきた。

それだけではない。ミルクパンに使う小麦にもこだわっている。実は、ダイヤがパンを焼くときに使う小麦は約17種類にのぼる。産地は海外が6割、国内が4割。国内は主に北海道・十勝、海外は北米産が中心で、一部にフランス産も混じる。これらを、パンごとに独自の配合でブレンドしている。

「1種類の小麦だけで作ると、ほかのパン屋さんと同じ味になってしまう。ブレンドして、ダイヤだけの、そのパンだけの味に落とし込むんです」

通常、新しくオープンしたパン屋は、品ぞろえを増やすためにパンの種類を足していく。だがダイヤは逆だ。80年間何度もふるいにかけられ、底に残ったのが、いまのラインナップだ。残った一つ一つに、そのパンのための配合や工夫がある。面倒といえば面倒だが、「美味しいパンだけが生き残っている」とも言える。

工場内には、焼きあがったパンが次々に並んでいく。足を踏み入れた瞬間、焼き立ての香りに包まれる。
撮影=プレジデントオンライン編集部
工場内には、焼きあがったパンが次々に並んでいく。足を踏み入れた瞬間、焼き立ての香りに包まれる。