「月収10万円台」の仕事ばかり

前職の手取り月収50万円前後という報酬に比べれば半分以下だ。もちろん同程度の報酬を望んでいるわけはないものの、額面月30万円を最低線に置いていた。それをはるかに下回る額の提示に心底がっかりしたという。

打ちのめされたが、幸い妻も仕事をしており、ただちに生活が困窮するわけではない。ここは粘り強く職探しをしようと心に決めた。

しかし、「現実」は厳しかった。業種を限定せず応募し、警備会社から誘いがあったものの、「55歳以上は契約社員となり月15万円」と平然と言われた。ハローワーク経由で前職での経験を買われ、地元の浄水処理会社から採用の打診もあったが、ここも給与欄には「19万円」という非情な数字が書かれていた。

再就職活動の過酷さに平岡さんは途方に暮れた。

「自分は使えない人間なのか、もうだめかもしれない。そんな思いや不安、焦りが募りました。心労も重なったのでしょう。体重が10キロも減りました」

こんな状況に置かれると自暴自棄になってもおかしくないが、平岡さんはへこたれなかった。毎日、朝夕は妻の勤務先に車で送迎し、その間に就職活動を行うという規則正しい生活を心がけた。

今の自分が使い物にならないのであれば資格を取ろうと考え、3級FP(ファイナンシャル・プランニング)技能士や上級救命士などの9つもの資格を取得した。そして保険業界やハウスクリーニング業など未知の業種にも応募した。

どん底から這い上がれたワケ

こうして平岡さんが少しでも上へ這い上がろうともがき、前を向くことできたのはなぜか。

聞けば、「少林寺拳法のおかげ」だという。大学時代の4年間、サークル活動で真剣に打ち込み、36歳で復帰。46歳で地元の少林寺拳法連盟の支部長に就いた。ずっと道場で子どもたちにボランティアで指導をしてきたのだ。

「生徒は約50人ですが、土日も含めて週4日、夕方に指導しています。子どもたちに教え、日々成長していく姿を見るのがたまらなく楽しい。子どもから教えられることもありますし、皆かわいくてしょうがないです。癒やしにもなりましたが、いつの頃からか、(少林寺の指導が)自分の生きがいでもあるということに気づきました。子どもたちに『先生は職を持っていない』とも言えませんし、まだまだ俺も頑張るぞという励みにもなりました」

少林寺拳法は“人づくりの行”と言われる。平岡さんは人生最大のピンチに見舞われる中、その原点に立ち戻ったのだ。

道着の黒帯を締め直す手元
写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen
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もうひとつ支えがあった。それは妻の助言だった。