対立軸は「日本人vs.外国人」ではない
企業の経済活動によって付加価値や生産性が向上しても、経営合理性による賃上げの抑制によって、購買力がそれを下回るような経済構造であれば、庶民が貧しくなるのは必然だ。「国民のため」という名目のもと税から捻出される補助金や減税特例、財政支出を含む経済政策の実態は、国民から企業への単なる“所得移転”になってしまっているのが実態だ。
その手段の一つが移民政策であり、国民にとっては失敗でも、政治家の支援者でもある企業にとっては大成功だから続いている、とも言える。本当の対立軸は、「日本人vs.外国人」ではなく「一般庶民(国民)vs.経営者(企業)」なのだ。この負担を被る一般庶民は、経営者のように政治に直接アクセスする手段を持たず、SNSで不満を書き込み、ごく一部がデモに参加する程度だ。これでは「自分勝手に騒いでいるだけの、経済を理解しないノイズ」として片付けられてしまうのも無理はない。
この陳情環境と、もう一つ重要なのが、政治家が「誰のために働くか」のベクトルを決定づける選挙制度だ。小選挙区選挙や首長を決める1人区選挙は、50~60%の投票率の中で比較第一勢力をまとめれば当選できる制度となる。訴える政策が抽象的で差がなければ、必然的に組織票の上積みが勝負となる。キャスチングボードを握る企業側に、議員の優先順位が徐々に傾いていくのは当然だろう。
移民問題「解決のヒント」とは
当落に決定的な影響を与える政党の公認も、国民ではなく政党執行部の意向で決まる。本当の意味で政治家を選んでいると言えるのは政治家自身だ。移民政策のように、世論に反対が多い政策でも政党が推進していれば、その“踏み絵”を踏んだ人間しか出馬できない仕組みなのだ。
そして、この企業優位の小選挙区制導入後の初の選挙のタイミングだった96年が奇しくも日本の実質賃金のピークとなり、以後30年間、一貫して下降を続けている。その一方で企業業績は約15年一貫して右肩上がりだ。この鮮やかな二極化は景気の波ではなく、企業絶対優位の政治環境の中で政治家のベクトルが変わり、賃金抑制(=企業利益増加)に繋がる政策の積み重ねの結果と考えるのが妥当ではないか。
つまり誰が総理大臣になっても、「我々は違う」という新党が勢力を伸ばしても、一貫して二極化が拡大してきた背景は「政治環境が全く変わってないから」とも言える。企業にとっては、誰が権力者になっても、政治家への陳情を独占できる環境自体は不変だからだ。
では、企業本位の政治環境はどう改善できるのか。移民政策をうまくコントロールしているとされるシンガポールやポーランドの例にそのヒントを見出すことができる。見るべきは「なぜ、企業利益に不利な移民抑制政策を導入できたか」という政治環境だ。両国に共通するのは、政治に対する企業の影響力が抑制される仕組みや、国民の声を無視できない仕組みが整っている点だ。

