部品を集めても、名機にはならない

問題は、これらの技術を、現場を学習する構造として1つにまとめ上げる設計思想である。個別の技術だけをいくら導入しても、断片的なままでは、現場は学習しない。材料の挙動を予測するモデル、工場全体を仮想空間に写し取るモデル、顧客ごとの品質感覚を捉えるモデル、ロボットが空間を理解する仕組み、意味の統一、現実とデータの同期――これらすべてを、1つのビジョンから逆算して統合するグランドデザインが必要になる。個別に部品を買い集めるのと、1台の名機を設計し、自ら試作まで作り上げるのとは、まったく別の営みなのである。

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ビジョンとパッションを持つ突き抜けた人物は、こうしたグランドデザインを描ける。逆にビジョンとパッションがなければ、要素技術を個別に選定するだけで終わり、現場はいつまでも学習しない工場のままである。私が複数の部品メーカーや素材メーカーを支援してきた経験から言えば、要素技術のエンジニアはどこも極めて優秀だ。ところが、エンドツーエンドの最終製品や顧客体験の全体像から逆算してグランドデザインを描くとなると、そこは驚くほど手薄なことが多い。テクノロジーを持っていても、ビジョンとグランドデザインが描けない――これが多くの日本企業の実態である。

真に競うべきは「学習速度」だ

複数のクライアント支援を通じて、私が確信するに至ったのは、フィジカルAI時代に本当に競うべき指標は、コスト、納期、品質そのものではないということである。真に競うべきは、現場がどれだけ速く学び、その結果を次回へ反映できるかという「学習速度」である。

学習速度が上がれば、品質は上がり、納期は短くなり、コストは下がる。逆に、中国のフィジカルAI企業が月単位で新モデルを投入している時代に、日本企業が年単位の意思決定サイクルを続けていれば、勝機は確実に失われていく。

かつて日本には、欧米で「ダークファクトリー」と呼ばれる遥か昔から、「暗い工場」の思想があった。人が機械に張り付き続けるのではなく、設備が自動で生産し、人はより価値の高い仕事を担うという思想である。工場の照明を消しても機械だけで動く工場――それが目指す姿だった。しかし、フィジカルAI時代に目指すべきは、その先にある。設備が動くだけでなく、現場の経験を学び続け、世界中の工場へ知識を循環させていく「学ぶ工場」である。「暗い工場」が人を作業から解放する工場だとすれば、「学ぶ工場」は、人とAIがともに知能を進化させる工場である。そしてこの「学ぶ工場」こそが、私が冒頭で定義した「現場を学習し続ける場所」の実装形態なのである。