日本企業に本当に少ない“2つのスキル”
こうした複数企業での現場対話を通じて、私は現場を学習する構造に変えるために乗り越えるべき論点が、いくつかに集約されることを確信するに至った。
まず、材料や環境の「揺らぎ」をどう扱うかという技術的な選択の問題がある。ロットや条件によって変化する材料に対応する方法は、大きく2つある。1つは、汎用の生成AIに、画像でも音でも振動でもとにかく現場のデータを大量に学習させ分析させるアプローチ。準備がほとんど不要でクイックに検証できる反面、精度を上げるにはコストがかかる。
もう1つは、色を測るセンサー、張力を測るセンサー、温度を測るセンサーなど、用途ごとに最適化された専用のセンサーを組み合わせ、必要な情報だけを高精度に取るアプローチ。こちらは軽くて安く高精度だが、専門知識と開発時間が必要になる。この2つを、目的と精度とコストに応じて的確に使い分けられる人材が、どのクライアント先でも本当に少ない。
もう1つの大きな論点は、工場を制御している既存のコンピュータと、これから乗せていくAIとの、正しい役割分担の理解である。多くの工場ではPLCという小さな制御コンピュータが機械の動きを司っている。PLCとはプログラマブル・ロジック・コントローラーの略で、工場のあらゆるモーター、バルブ、ヒーター、コンベアを、決められた手順どおりに動かす装置である。イメージとしては、家庭のエアコンのリモコンが「25度に設定されたら25度になるまで動作させる」ように、PLCも「材料が来たらモーターを回し、所定位置で止め、温度が上がりすぎたら停止する」といった動作を、有無を言わさず高速かつ確実に実行する。
「脊髄」の上に、AIという「大脳」を乗せる
工場にとってPLCは、いわば「脊髄」のような存在である。命令に対して反射的に、間違いなく反応する。安全性やリアルタイム性では極めて優れている。しかし、脊髄が自分で考えて学習しないのと同じで、PLCも自ら学ぶことはない。「今日はこの材料の色が少し違うから、テンションを1割下げてみよう」と判断する能力は、PLCにはない。
ここに、AIの出番がある。学習する工場を実現するには、脊髄であるPLCの上に、大脳としてのAIを乗せる必要がある。AIが過去の結果や現場データから最適な条件を学び取り、PLCに「今日はこの設定でいこう」と指示を出す。PLCはその指示を、確実に設備へ反映する。そして設備の稼働結果は再びAIに戻り、次の学習の材料になる。この循環が成立して初めて、工場は「動く工場」から「学ぶ工場」へと進化する。
昨今よく耳にする「Software Defined Factory」――ソフトウェアが工場のグランドデザインを規定するという考え方――という言葉があるが、脊髄と大脳の関係性を理解しないまま言葉だけを導入しても、絶対に機能しない。この点が、複数のクライアント先で共通して見られる、極めて根深い構造的課題である。

