殺される熊にも駆除する猟師たちにもそれぞれに物語がある

市街地で熊の出没が増えている。人の生活圏に入ってきた動物を撃ち殺すと聞けば恐ろしいことのように感じるが、自然とともに暮らす人間は、古くから野生動物と対峙して命と生活を守ってきた。

「北海道では、とくに鹿による食害の問題は大きい。狩猟免許を持つ兄が鹿を撃ち、私がさばくこともありました」そう語る河﨑秋子さんは、酪農や羊飼いの経験を持つ、北海道在住の作家だ。第170回直木賞受賞作の『ともぐい』では猟師と熊の死闘を描いた。今回のヒロインは、ハンターを目指す若い女性である。

河﨑 秋子
河﨑秋子(かわさき・あきこ)
1979年、北海道生まれ。2014年『颶風の王』で三浦綾子文学賞、19年『肉弾』で第21回大藪春彦賞、20年『土に贖う』で第39回新田次郎文学賞、24年『ともぐい』で第170回直木三十五賞など受賞歴多数。

裕福な家庭に生まれ、整った容姿と強靭な体を備えた岸谷万智は、ふとしたきっかけでハンティングに心を惹かれる。彼女が家族の理解を得て狩猟免許を取り、新たな仲間との関係を築いていくさまが描かれ、読者もリアルな狩猟の世界に引き込まれていく。

執筆にあたり、河﨑さんは実際のハンターたちに取材を行った。彼らが銃をとった動機はさまざまだ。身近な害獣を駆除したかったという人もいれば、狩猟技術を上げ、その最高到達点として熊を倒したいという人もいる。万智はそのどちらでもなく、狩猟そのものに純粋な興味を抱く。

彼女は、あえて読者の共感を得られないように設定された“完璧すぎる”キャラクターだ。理由を問うと、「ハンティングを、何かの欠落を埋めるためのものにしたくなかったから」だと著者が明かした。

「狩猟で山に入り孤独や危険を感じているとき、恵まれた家庭環境が助けてくれるわけではない。でもそれまでに身につけた強さは、どこかの時点で力を発揮します。恵まれた家庭の子どもは『親ガチャに成功しただけ』などと揶揄されますが、そんな人たちが自分の知らない世界を切り拓こうとする努力は、決して否定されるべきものじゃない」

河﨑秋子『夜明けのハントレス』文藝春秋/定価1850円+税
河﨑秋子『夜明けのハントレス』文藝春秋/定価1850円+税

いつも冷静な万智も、狩猟を通じて新たな感情に出合い、変化していく。初めて熊を仕留める場面では、その痩せて弱々しい体を見下ろし、「なんで私なんかに撃たれちゃったの」と動揺する。大きくて凶悪な熊が人に襲いかかり、正義感にあふれるハンターが勇敢に立ち向かう――人間と熊の関係は、そんな単純な構図ばかりではないのだ。

「撃たれる熊がかわいそうだと思うのは、人間として大事な感情だ」と河﨑さんは指摘する。すべての熊が危険なわけではない。しかし、地域の事情は千差万別だ。その時代ごとに、駆除を含めたベストな決断を下すしかない。

動物たちがどんな環境で生き、ハンターたちはどんな思いで撃つのか。狩猟の現場を体感できる一冊だ。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年8月14日号)の一部を再編集したものです。

(インタビュー・文=堀田芳恵 撮影=遠藤素子)

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