戦場で精神が壊れるロシア兵たち
アフマットでは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になる兵士はほぼいない。PTSDを訴えたのは、僕が所属した1年半でわずか1人だけ。とはいえ、脱走兵は数十人いたから、何らかの精神的な病を抱えた兵士は多かったのかもしれない。
そんなことを考えていたとき、国防省の兵士が幹線道路で銃を乱射した。明らかに正常な状態ではなかった。彼がこちらに銃を向けたら撃ち殺すしかない。僕は銃を構えた。しかし、彼は笑顔でこちらに歩いてきた。意味不明な言葉を発しながら僕に近づいてくる。すると突然、大声で叫んだ。
「あそこにピータラがいる! ピータラがいるんだ!」
「ピータラ」とはウクライナ兵の蔑称だ。何度も、何度も連呼した。酒とマリファナの臭いはしない。精神的におかしくなったのだろう。彼を追い返した5分後、再び怒号が聞こえてきた。通りに出てみると、国防省の兵士らが彼を羽交い締めにして何度も殴打し、そのまま拘束して連行していった。
この1年で同様に連行される兵士を見たのは4度目だ。戦地でおかしくなった奴が異常なのか、それとも凄惨な現場で平然としていられる奴が異常なのか。僕はこんなことを考えていた。
まともな連携も取れていない前線部隊
無線連絡の応答がなかった国境警備隊の兵士は無事だった。だが、1週間後、彼らのブリンダッシュ付近に敵の戦闘車両2台が夜襲をかけたとの情報が入ってきた。すぐに撤退したようで、何の目的で侵入したのかはわからなかった。国境警備隊の兵士は戦闘することもなく、身を隠してやり過ごしたようだ。
初めて敵の攻撃ヘリもベルゴロドに飛来した。ウクライナ軍が本気でベルゴロドを狙っていたことは間違いない。国境警備隊は夜襲に備えて兵士15人を増員した。だが、増員した事実は国防省とアフマットにはまったく知らされていなかった。
ロシアは日本と同じで組織が縦割りだ。SVOの渦中でも、その弊害が浮き彫りになった。共闘するためのブリーフィング(要点をまとめた情報共有)すら行われないから、チグハグな戦いを続ける。警備隊が夜襲を受けたと僕が知ったのは目撃したからではない。たまたまアフマットの兵士がその場に居合わせたからだ。
アフマット、国防省、警備隊、各々が独自に戦っている。ネット接続ができないベルゴロドの前線では兵士同士が言葉を交わして情報共有するという、前時代的な戦いを強いられていた。前線がどんなに苦境であろうが、別の部隊の支援はいらない。アフマットは孤高の部隊だと再認識させられた。

