「人に頼るな」
――心臓外科医 渡邊 剛さん

渡邊 剛さん

金沢大学心肺・総合外科の教授である渡邊さんは、人工心肺を使わず心臓を動かしたままの手術、内視鏡やロボットを利用して切開の範囲を非常に狭くする手術、胸部の部分麻酔のみで行うアウェイク手術など、患者の体に負担を与えない新しい手術を開拓してきた。その渡邊さんにとって、自分が変わるというよりは時を経て意味が変わって響くようになった言葉が「人に頼るな」だそうだ。

「留学から帰ってくる頃、ドイツの恩師がぼくのノートに書いてくれたのがドイツ語で『人に頼るな』。これ、当時32歳のぼくには『孤独に頑張れってことかな』としか思えなかった。でも、今ならこの言葉の意味がわかります。味のある言葉でね、これは『自分の中にしか結論はない』ということなんですよ。前に人のいないはじめての場所に入りこむと、そのうちに『問いも答えもない世界に自分はいるんだ』と気づきます。そこではすべてがはじめてのことであって、『わかっている人間』なんていません。だから、自分で決断をして自分の問いに答えるしかない。そのことは自分の立場が変わってわかりました」

「まずはワークだけやって欲しい。そのあとにライフがついてくる」
――看護師 田村恵子さん

田村恵子さん

NHK「プロフェッショナル」で特集され、今春はTBS系列の単発ドラマ「奇跡のホスピス」のモデルにもなった、ホスピスにおける看護師を代表する人物である田村さん。

タフな業務を続ける日々で、後輩を育て、変える方針として語ってくれたのがこの言葉だ。

「最近はよくライフワークバランスなんてことが言われますよね。もちろん看護師の離職を防ごうという観点でそのように言われているのはわかるんです。でも私の経験の範囲で言うとすれば、この仕事を一生続ける人はそんなに多くはありません」

誰にでもできる仕事でも、無理に続けるべき仕事でもないと田村さんは言うのだ。

「ですから、せめて縁あってこの重責を伴う仕事に就いた数年間ぐらいは、どうかまずはワークだけをやって欲しい。ガムシャラに働いて、そのあとにライフがついてくるものなんじゃないですか。寝ても覚めても患者さんのことを考えて、受け持ちの患者さんが亡くなられたら、夜中であろうとまず駆けつける、そういう中でしか仕事の本質について消化できないこと、看護師として前に進めないことが、私自身は多かったんですよ」

――とんちや禅問答のような話に留まらない、「本当に自他を変える言葉」とはどのようなもの か。日頃インタビューを生業にする筆者としては、生のまま、身を絞り出すようにして、取材の際に最も強く思っていることをぶつけられただけ、とでもいうタ イプの肉声にこそ「変化、転機の芽」が宿るのではないか、と痛感させられてきた。ここではそんな言葉を集めてみた。
本欄で紹介した肉声は筆者による既刊『仕事の話』(文藝春秋)と『料理の旅人』(リトル・モア)から再録したものだ。本企画のために再録を許していただいた取材対象者の方々には、心からの感謝の気持ちを申し上げておきたい。

(松田健一(渡邊 剛さん)=撮影)
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