「仕事をしていれば、どうしたって個性は出てしまう」
――グラフィックデザイナー 佐藤 卓さん
「明治おいしい牛乳」をはじめスタンダード中のスタンダード、王道的な商品デザインを作りだすことに定評のある佐藤さんが、個性に悩んで辿り着き、自身の仕事観から方針まで変えるに至った言葉である。
「若い頃にはデザイナーとして強引にやりたいことをやればと言われて悩んだこともあった」
周囲で早い時期から有名になるのはいわゆる個性的な人ばかりで、佐藤さんは作家性が見えずに焦りもしたという。
「そのうち、まぁ、全員が自己表現をする必要なんてないよなと吹っ切れました。そう思えたのは、作家性がなくても仕事は現場でちゃんと機能してるじゃないかと気づけたからです。
それに、仕事をしていればどうしたって個性は出てしまう。だから無理に個性的になろうとする必要はないと考えるようにもなりました。むしろ、企業との話し合いのプロセスの中にこそ仕事がある、と思えるようになっていったんです」
デザインは商品と顧客をつなげるもの。過度な自己主張は必要ないと佐藤さんは言うのだ。
「つなげる方法を見つけることこそを役割にしているのだ。そのように社会における自分の位置を客観視できたら負担や重圧に感じていた部分が減り、ラクになりました」
「ダメだと言われてからが仕事、という時もある」
――クリエイティブディレクター 佐々木 宏さん
ソフトバンクの白い犬、トヨタ自動車のエコプロジェクトなど、非常に有名なCMの数々を手がけてきた、クリエイティブディレクターの佐々木さん。仕事をしていて大切にしていることの1つがこの「ダメと言われてからが仕事、という時もある」なのだそうである。
「JR東海の京都キャンペーンの『そうだ 京都、行こう。』は、丁度そんなふうにしてできたものでした。一所懸命に考えて出した案が否定された後に、クライアントから『京都だから絵葉書でいい』と言われたんですね。『え、どういうことだろう?』とは思いましたが、重要なのはここで相手のセリフをどう受けとめるか、でしょう」
ここで、佐々木さんは、相手ではなく自分を変えたそうだ。
「相手の発言にも一理あるかもしれない、と考えてみて、それならタレントも出さずに、旅人の視線で世界一の絵葉書を作ってみたらどうだろうか。京都が日本にあるという意味を考え、世界に対して日本を広告するようなCMにしたらどうだろうか。京都キャンペーンはそんなふうにできたわけで、やはり、否定も仕事の起爆剤にはなってくれるのです」
――とんちや禅問答のような話に留まらない、「本当に自他を変える言葉」とはどのようなもの か。日頃インタビューを生業にする筆者としては、生のまま、身を絞り出すようにして、取材の際に最も強く思っていることをぶつけられただけ、とでもいうタ イプの肉声にこそ「変化、転機の芽」が宿るのではないか、と痛感させられてきた。ここではそんな言葉を集めてみた。
本欄で紹介した肉声は筆者による既刊『仕事の話』(文藝春秋)と『料理の旅人』(リトル・モア)から再録したものだ。本企画のために再録を許していただいた取材対象者の方々には、心からの感謝の気持ちを申し上げておきたい。