「馬鹿になれなきゃ、新しいことなんて絶対にできない」
――自動車開発者 水野和敏さん
日産自動車の「GT-R」、開発責任者による言葉だ。
「GT-R」は2007年にフルモデルチェンジをして以来、運転しやすく、時速300キロでも隣の席との会話を楽しめる、これまでにないスーパーカーとして世界中で評価を集めた。社内に新風を吹かせた人物の強い信念と実感がこもっている。
「でかい会社で新しいことをやるのは簡単じゃないよ。日産の商品は売れていて、年に何千億円も利益が出ていたその時に、『もっといいことを』と言いだしたんだから。『もっといいこと』って、これまであった、しかも結果を出してきて当時はまちがっていなかった社内の文化やそれに関わった人々を全否定することになるんだからね。そりゃ、反対意見や、心情的なところでの犠牲者が出ないはずがない。だから、もしも新しいことをやるなら、その中心にいるやつは馬鹿で無欲にならなきゃダメでしょう」
いくら正しいことを言い、論戦で勝っても人を傷つけるだけだから、「アイツじゃしょうがない」と言われなきゃね、と、静かに話してくれたのである。
「研究内容は机の上に反映されている」
――化学製品開発者 伊藤高明さん
ひとりのサラリーマンが、ほとんど個人的に開発した商品が、世界で数億人もの命を救っていることをご存じだろうか。
マラリア感染予防のための蚊帳「オリセットネット」がその発明品なのだが、考案者の伊藤さんが、40年近く、化学製品の開発を続け、多くの部下を指導してきた中でよく思ってきたのがこの「頭の中と机の上は同じ」ということなのだという。
「上司の目線から痛感したのは『研究内容は机の上に反映されている』ということかな。机の上が散らかっているやつって、実験を文章にまとめず、次の実験をやるの。すると、その実験をもとに範囲を絞っていないから焦点がブレちゃう。『君の頭の中は机の上と同じ』とは、よく助言をしましたね。実験結果を毎回まとめて仮説を立てて、同僚にちゃんと目的を説明できて、というのがいい開発者なんじゃないかと思っています」
こうして地道に開発を重ねていたらできたのがオリセットネットだったのだという。
「今までにないものを、という遊び心が結果に結びついたんじゃないですかね」
――とんちや禅問答のような話に留まらない、「本当に自他を変える言葉」とはどのようなものか。日頃インタビューを生業にする筆者としては、生のまま、身を絞り出すようにして、取材の際に最も強く思っていることをぶつけられただけ、とでもいうタイプの肉声にこそ「変化、転機の芽」が宿るのではないか、と痛感させられてきた。ここではそんな言葉を集めてみた。
本欄で紹介した肉声は筆者による既刊『仕事の話』(文藝春秋)と『料理の旅人』(リトル・モア)から再録したものだ。本企画のために再録を許していただいた取材対象者の方々には、心からの感謝の気持ちを申し上げておきたい。