「誰かにものを教えてもらうっていうのは、馬鹿にされているということ」
――精密機器製造者 中村義一さん
精密機器の開発・製造業者「三鷹光器」会長の中村さんは、成長の契機は自分で勝手にやることにあると言う。
「道具も含めて勝手に組みあげていくってのがうちの仕事の前提なんです。便利なものを買ってもらうだけじゃ、自分の頭で考えられなくなるからね。
うちには現代の名工に選ばれたような優秀な技術者もいる。でも、若い人はそういう名人に教えられたって、そう簡単にうまくなるもんじゃないんだ。高校生って、幼稚園児に石をぶつけられても『しょうがないな』と笑ってものを教えられるでしょう? つまり、誰かにものを教えてもらうっていうのは馬鹿にされているということなんだ。
だから、若い人は若い人どうし、同世代のともだちと本気でぶつからなきゃね」
従業員約50人の町工場ながら、世界に最先端の精密機器を提供し続けられた秘訣は、勝手に何でもやらせることにあった。部署も厳密には分けないそうだ。
「大手の会社の営業なら、もう販売が専門って決まっちゃっているでしょ。でも、うちの場合は手術顕微鏡の営業をするやつと開発をするやつが同じなんだ。だからできることがある」
「経営というのは、信念がなければできない」
――夜光塗料メーカー会長 根本郁芳さん
中小企業ながら、発光・夜光塗料の分野で世界トップシェアを占めている、根本特殊化学の代表取締役会長を務める根本さんに、これまでどこも作れなかった「放射性物質を使わない夜光塗料」を開発できた理由を聞いたところ、「頭がどうこうというよりも体力勝負」という答えだった。それまでは放射性物質を含んでいるため微量しか使えなかった夜光塗料は、この発明のおかげで文字盤の全面に塗布できるようになった。このことで時計に塗る以外の用途も広がり、道路標識、文房具、非常階段などにも使われるようになり、ある意味では世界を一変させている。そんな変化をもたらした発明だが、偶然の力も大きかったという。
「商売というのは、やってもやっても外れるもので、まぁまともで一所懸命なだけではダメですからね。最近は、経営というのは信念がなければできないなとは痛感しています。そういう信念って自分で見つけるものであって、人からやれと言われてできるようなものではない。失敗したり成功したり、という実体験の中でだんだん固まってくる。それではじめて理念ができるものではないでしょうか」
――とんちや禅問答のような話に留まらない、「本当に自他を変える言葉」とはどのようなもの か。日頃インタビューを生業にする筆者としては、生のまま、身を絞り出すようにして、取材の際に最も強く思っていることをぶつけられただけ、とでもいうタ イプの肉声にこそ「変化、転機の芽」が宿るのではないか、と痛感させられてきた。ここではそんな言葉を集めてみた。
本欄で紹介した肉声は筆者による既刊『仕事の話』(文藝春秋)と『料理の旅人』(リトル・モア)から再録したものだ。本企画のために再録を許していただいた取材対象者の方々には、心からの感謝の気持ちを申し上げておきたい。