「損が出ている!」と憤る代理店に対し…

このような状況について、全国の販売店や代理店の社長からの不満があふれた。そこで幸之助は熱海の「ニューフジヤホテル」に、彼らを一堂に集めた。69歳になった幸之助の役職は、社長から会長へと変わっていた。

徹底的に対話をすることを望んだ幸之助は、会議の前日に会場を見渡し、パイプ椅子の横位置を前列と少しずつずらすよう指示した。全員の顔がきちんと見えるようにするためだ。こうして始まった通称「熱海会談」では、壇上の幸之助に対し、不平不満が次から次へと浴びせられた。

「親の代から松下製品を扱っているが、さっぱり儲からんどころか損が出ている!」

とはいえ、中には資本金が500万円にもかかわらず、1億5000万円という信じられない赤字を出している代理店もあった。そのような店に対しても、松下が商品の出荷を止めることはなかったが、感謝の念は全く感じられない。

「文句を言うのはこっちのほうだ」

幸之助も激しく反論した。そして、黒字の店も存在することを訴え、放ったのがこの名言だ。

口論するビジネスマン
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嗚咽交じりの謝罪に、参加者も涙した

「血のしょんべんがでるほど努力しましたか」

自らの手で何度も苦境を切り開いてきた幸之助にとって、ろくな販売努力も見えぬ代理店の叫びは、いかにも甘いものに聞こえたのだろう。だが、幸之助の熱弁が彼らに届くことはなかった。議論は平行線をたどったまま3日が経ち、会議自体もトータルで13時間に及んだ。

激論を交わしながら、幸之助はふと昔のこと、すなわち彼自身が会社を興したばかりで、問屋に頭を下げて歩き回り、商品を置いてもらっていたころのことを思い出す。だが、ここで弱腰になれば代理店の苦情を結果的に認めることになってしまう。それでも幸之助は自分の主張を翻し、3日目にして頭を下げた。

「結局は松下電器が悪かったのです。皆さん方へのお世話が不十分でした。不況を切り抜けられなかったのは、松下電器の落ち度です。申し訳ありませんでした」

嗚咽交じりに話す幸之助。そんな彼の姿を見て、攻撃していた問屋たちも押し黙り、参加者の半数以上が涙したという。原点に立ち返った幸之助は、それを態度で表すかのごとく、70歳を間近にして会長職から営業本部長として現場に復帰した。そして幸之助自らの指揮の下、新しい販売制度を導入し、再び売り上げを回復させたのである。