銀座の高級鮨をキャンセルし、向かった先は…
私の顧客に、都内で複数の事業を手掛ける経営者がいる。ある秋の夕暮れ、彼は海外から来日した重要クライアントのVIPをアテンドしていた。当初の予定では、銀座にある客単価5万円の完全おまかせの鮨店を予約していた。数カ月前から押さえていたプラチナシートであり、経営者自身も大将と懇意にしている、絶対に外さない「勝負店」だ。
しかし、当日の昼過ぎ、秘書から不吉な連絡が入った。「VIPの奥さまが、どうやら生魚がまったく食べられないらしい」というのだ。銀座の完全おまかせ店では、当日の急なメニュー変更は基本的に利かない。数日前から仕込みを終えている職人に対する無礼にあたるし、何より、極上の鮨が次々と供されるカウンターで、生魚が食べられない客が一人でもいれば、その夜の空気は完全に凍りつく。
彼は即座に銀座の予約をキャンセルし、大将には丁重におわびを入れた上で、ハイヤーの行き先を東京から離れた神奈川・小田原へと変更させた。向かった先は、一貫数百円の回転寿司だった。
寿司が回る横で、生ハムや鴨のコンフィが出てくる
彼らが向かったのは、小田原にある「あじわい回転寿司 禅(ZEN)」という一風変わった店だった。ここは客単価5000~6000円程度、店内の中央に回転寿司のレーンが回っている、一見するとごく普通のカジュアルな店である。
しかし、この店のオーナーは、元・極真空手の指導者から転身し、カナダの寿司店でフレンチシェフに師事したという異色の経歴を持つ。レーンの中では職人が地魚を握っているが、メニューを開けば、極上のパテ・ド・カンパーニュ、鴨のコンフィ、そして原木から切り出すイベリコ豚の生ハムといった本格ビストロ料理が並び、セラーには壁一面にワイン600種類以上とベルギービール190種類がずらりと並ぶ。
生魚を愛するVIPには相模湾の新鮮な地魚の握りを堪能してもらい、生魚がNGの夫人には極上のフレンチビストロとして機能する。つまりこの店は、参加者の嗜好が完全に割れた際に威力を発揮する「和洋折衷の究極の保険」がかけられる稀有な店なのだ。
VIP夫妻が席に着き、彼が「ここは日本の伝統的な大衆食文化と、モダンな西洋料理が融合した特別な場所です」と英語で説明しながら、シャブリの白ワインをグラスに注ぐ。夫人の前には柔らかな鴨のコンフィと厳選されたチーズが、VIPの前には小田原の地魚の握りが並ぶ。回転レーンを流れてくる色とりどりの皿を見た夫妻は、「まるでテーマパークのようだ! ビューティフル!」と子どものように目を輝かせ、次々とスマートフォンで動画を撮り始めた。銀座の張り詰めたカウンターでは決して見られない、リラックスした笑顔が溢れた。
「最高の2軒目」を持っているか?
もう一つ、この経営者が「カジュアルな鮨バー」を使いこなしたエピソードを紹介しよう。ある夜、彼は重要な接待の1軒目を高級割烹で終えようとしていた。しかし、そのタイミングで相手企業の専務から「別の会合が終わったので、今から合流したい」と連絡が入った。すでにしっかりとした食事を終えたメンバーと、今から駆けつけて空腹を満たしたい専務。この状況で彼が2軒目に選んだのが、深夜まで開いているカジュアルな鮨バーだった。
すでに食事を終えたメンバーは、シャンパンや日本酒を片手に軽いツマミを楽しむ。駆けつけた専務には「ここは小肌とトロが絶品です。好きなものを好きなだけ頼んでください」と勧める。専務はしっかりと腹を満たし、先にいたメンバーは余韻を楽しむ。全員が同じ空間で、それぞれの「今夜の最適解」を手にしていた。
数少ない「喫煙できる店」も押さえておく
この経営者に限らず、私が知るエグゼクティブたちは皆、こうした「カジュアルだが確実に機能する手札」を複数持っている。
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