「あいつとは話が通じない」と思った瞬間、実は自分も「話が通じない人」になっているのかもしれない。東大初の経営学博士が自身の実体験と共に語った「対立を組み替える4つの戦略」とは。

「家庭も人生も経営だ」対立を解消する思考とは

どうして、この人とはこんなに話が噛み合わないのだろう――そう感じて、ため息をついた経験は誰にでもあるでしょう。しかし、話の通じない人と対峙しているとき、自分もまた話の通じない人になっているかもしれません。

何度説明しても伝わらない。正論をぶつけても響かない。気づけば、消耗しているのはこちらばかり。私自身、キャリアの中でやっかいな相手と数えきれないほど向き合ってきました。それでも踏みとどまれたのは広義の「経営」という視点を持っていたから。経営は、対立を「どちらが正しいか」ではなく「共通の目的に向かってどう解消するか」という問いへ組み替えて思考します。この視点に立つと、目の前の相手を「手に負えないやっかいな人」ではなく「解くべき対立があるだけ」と受け止められるようになります。

そもそも経営とは、企業だけのものではありません。家庭にも、学校にも、地域にも、そして一人一人の人生にも、経営は存在します。かの松下幸之助も「家庭も人生も経営だ」と語っています。幸せを求めない人間はいませんし、生まれてから死ぬまで誰とも関わらずに生きていける人間もいません。その意味で、私たちは皆、自分の人生を経営する当事者なのです。

では、本来の経営とは何か。一言でいえば「価値創造」です、価値創造とは他者を幸せにしながら、自分も幸せになること。ここが肝心で、自分を犠牲にして他者だけを幸せにするのは、ただの自己犠牲であり、突き詰めればカルトです。逆に、他者を踏みつけて自分だけが幸せになるのは、極言すれば犯罪に行き着きます。そのどちらでもなく、両方を同時に成り立たせるのが真の価値創造であり、経営なのです。

しかし現実には、人と人との間にはさまざまな対立が生まれます。利害がぶつかり、立場が食い違い、感情がもつれます。だからこそ経営には、もう一つの柱が必要になります。それが「対立解消」です。価値創造という究極の目的に向かって、その実現を妨げる対立を、一つずつ解きほぐしていく。この営みこそが、経営の本質なのです。

【図表】「経営」とは何か

「誰が悪いか」ではない 「プロセス」を中断するな

経営思考から考えれば、「話が通じない人」とは人格に問題のある人のことではありません。こちらか相手のどちらか、あるいは両方が原因になって対話が中断され「共に解決しよう」というプロセスが止まってしまっている相手のことです。

言葉の意味は通じているはずなのに、何を言っても「そういうことじゃない」と返される。あるいは、突然怒り出す。これはお互いに新しい価値をつくり合えるという前提、つまり共通の目的が共有できていない状態です。どれだけ言葉を尽くそうとも、対話は虚しく空回りするほかありません。

ここで一つ、例え話をしましょう。注文した料理がなかなか出てこないとき、私たちはつい料理を運んでくるウエーターに腹を立てます。しかし、料理が遅い原因の多くは、ウエーターではなく、厨房での調理にあります。調理の順番が間違っているのか、あるいは調理が致命的に遅いのか。いずれにせよ、責任のない相手に怒りをぶつけても、問題は何一つ解決しません。

あなたが「話が通じない」と感じるときも、これと同じです。私たちは目の前の相手を「おかしな人」と断じて、そこで思考を止めてしまいます。けれど本当に見るべきは「誰が悪いか」ではなく、「どこでプロセスが止まっているか」なのです。

そして、相手も自分と同じ人間なのだから、本来は相互理解できる、対話できる相手であるはずだ――その前提に立たなければなりません。なぜなら、人間はみな最終的には「幸せになりたい」という究極の目的において一致しているからです。目的が共有されている以上、私たちは本来、誰とでもわかり合えるはずなのです。

(構成=渡辺一朗)