共産党にとっても重要拠点

共産党にとって、「オール沖縄」は沖縄県のみならず、全国に向けて党勢拡大を図っていくための重要な拠点になっている。そして、「オール沖縄」のシンボル的存在が抗議船「不屈」と「平和丸」であり、この2隻と共産党のつながりも深いものがある。

「不屈」の金井船長は、熱心に赤嶺氏を応援していた。2024年総選挙の際には、ビデオメッセージを公開し、その中で「赤嶺先生には『不屈』にも乗っていただきました。また、現場にも何度も足を運んでいただき、基地建設への抗議の声を発してくださり、現場で活動している私たちを大いに励まされております」と述べている。

「不屈」という船名は、戦後、米軍占領下の沖縄で米軍基地反対闘争や本土復帰運動に尽力した瀬長亀次郎(沖縄人民党委員長。1972年の日本復帰後は日本共産党に合流し、同党副委員長になった)の座右の銘から取られたものだ。

瀬長亀次郎の出所
瀬長亀次郎の出所(画像=那覇市「写真でつづる那覇戦後50年」/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

金井は「瀬長さんの思いを受け継いで、何があっても弾圧に屈せず、この船で闘っていきたい」と、「不屈」の名に込めた決意を語っている。

事故後2週間でわずか3回

「平和丸」も共産党との関係を隠してはいない。同船は全国からのカンパで購入され、運航や修理などの維持費もカンパで賄われているが、その振り込み先である「平和丸基金」の口座名義人は「平和丸代表・具志堅徹」となっている。具志堅徹は共産党の元名護市議である。

そして、カンパの呼びかけ人となった仲本興真は、「平和丸」の元船長で、「ヘリ基地反対協議会」の顧問という肩書を持ち、転覆事故に関する記者会見にも列席していた人物である。同時に仲本は共産党の吉居俊平名護市議の後援会の会計責任者を兼ねており、彼もまた「平和丸」船長と同様に共産党の地方幹部なのだ。

抗議船の運航に関与していた日本共産党には当然、犠牲者とその家族への謝罪が求められる。そして、事故の経過と責任について、説明責任を果たすべきである。

ところが、共産党はこの転覆事故についてほとんど何も語ろうとしなかった。事故発生の3月16日から30日までの2週間に、共産党の機関紙『しんぶん赤旗』が事故について報じたのはわずか3回に過ぎない。