無視された「安全航行」の警告
なぜ「平和丸」は海保の救助活動を信頼しなかったのか。それは、「不屈」「平和丸」の両船が“抗議船”という特殊な性質を持っていたからに他ならない。
辺野古の基地拡張工事に反対する任意団体「ヘリ基地反対協議会」は、「不屈」や「平和丸」を用いて海上での抗議デモを行ったり、米軍基地に反対する野党系の政治家、活動家、マスコミ関係者らを乗船させたりして、工事の視察や監視を行っていた。そのため、警戒・警備を担う海上保安庁とは日常的に対立的な関係にあったのだ。
事故発生当時の気象・海象は、快晴で視界は良好だったものの、毎秒4メートルのやや強い風が吹き、波浪注意報が発出されていた。そのため海保のボートは、「不屈」「平和丸」に並走しながら、「波が高く、危ないので注意してください」などとメガホンで安全航行を呼びかけていたという。しかし、「不屈」も「平和丸」も海保の注意に従おうとはしなかった。
3月24日と25日に同志社国際高校が行った保護者説明会では、「不屈」に乗船していた生徒の保護者から、「海上保安庁の注意の際に並行して逃げるように、子どもたちの中では『まるで追いかけっこをしているようだね』という会話が出てきたそうです。かなりのスピードを出していたと子供たちは言っています。途中からかなりスピードが上がったため、写真を撮るのも怖くてずっとつかまっていたそうです」という話があったことが報道されている(テレビ朝日)。
抗議船と海保との根深い対立関係
このほか、海保への救助要請は「平和丸」の船長や乗組員からではなく、乗船していた高校生らが携帯電話を使って行ったという報道もある。こうした背景には、抗議船と海保との根深い対立関係があるとみられる。
亡くなった「不屈」の金井船長は、2017年1月に地元紙で次のように訴えている。
「常に1隻の抗議船を4艇の海保のボートが見張っていて、抗議をしようにも何もできない。着々と工事が進む様子をただ見ているだけのこの状況がもどかしい」
「海保はオスプレイの事故調査はやらないのに、市民の抗議行動に大人数で警戒している。海保の仕事は何なんだ」(『琉球新報』2017年1月8日付)
また翌年11月には、海保が金井を逮捕する寸前にまで至る事態を引き起こしている。フロート設置作業の際、「不屈」が作業船に近づこうとしたが、衝突の危険があるとみた海保は、「不屈」のすぐ隣まで来て「離れてください」「危ないですよ」と繰り返し、離れるように促した。それでも離れようとしなかった「不屈」に海保職員が乗り込み、金井は船上で約40分間、取り調べを受けることになった。
この時のことを金井は「(海保は)離れてくださいというが、相手の作業船の方が僕らよりも大きい。進路上にいたら、大きい船がよけないといけない」と海保の対応を疑問視し、「危険だと言うなら、ただ見守っていてほしい。法律をいいように解釈してねじ曲げているだけだ」と話している(『琉球新報』2018年11月3日付)。

