「全員、ここには住んどらん」

平本さんに敷地周りを案内していただいた。あっという間に装束を脱ぎ、白いタオルを鉢巻にし、白いTシャツに作業ズボン姿になった平本さんが、「暑くてやってられん」と言いながら、陣羽織の下に着けていた襦袢じゅばんをしぼると、汗のしずくがたらたらと布地から流れ出した。

「今日は召集が午前4時。それからおのおの準備して、8時に出発。2時間かけて、馬で浪江の町に下りたんだ」

星野博美『野馬追で会いましょう 相馬の馬文化と震災後の日常』(集英社新書)
星野博美『野馬追で会いましょう 相馬の馬文化と震災後の日常』(集英社新書)

平本さんは震災前、生花業を営んでいた。目の前に広がる畑に生い茂った植物は、ひまわりだという。

「ここは、うち」と平本さんが口を開いた。「のあった場所ね。ちょうどテントがあるあたりに家があった。いまは家がないから、野戦キャンプみたいだが」

地震で家が壊れたということなのか、恐る恐る尋ねた。

「地震では壊れてない。ただ何年も人が住んでいなければ、家はダメになる」

避難指示が解除された2017年の時点では、まだ家が残っていたが、傷みがあまりに激しく、翌年、解体したのだという。平本さん自身は現在、福島県の郡山こおりやま市に住んでおり、週4、5日は浪江で町議の仕事をし、週末だけ郡山に帰る生活を送っている。

ひまわり畑と仮設テントの間に、柵で囲まれ、砂の敷かれた運動場のようなスペースがあった。これはもしや馬場では?

「そう、馬の運動場。震災前はうちでも馬を飼っていたんだ」

平本さんの言葉に、自分の傍観者的無理解を恥じた。野馬追に出る人は、すでに浪江に帰還した人たちなのだとばかり思いこんでいた。

では、愛菜さんたちもここには住んでいない?

「あそこは(南相馬市の)原町に住んどる。今日出陣した6騎は全員、ここには住んどらん」

全員、ここには住んでいない……。

さきほどお行列を眺めていた時とは、野馬追という世界が変わったような錯覚を覚えた。

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