久秀のものは信長のもの?
第7回:信貴山城(奈良県平群町)
戦国一の“曲者”といえば松永弾正こと松永久秀。「麒麟がくる」では吉田鋼太郎、「豊臣兄弟!」では竹中直人と、大河ドラマでも演じる役者は濃い男ばかりだ。主家・三好家を謀略により没落させ、東大寺大仏殿を焼き、将軍を殺すという「三悪」を成し遂げたといわれるが、近年ではいずれも「濡れ衣」の可能性が高いと見られている。「豊臣兄弟!」でも、第11話「本圀寺の変」で将軍殺しの嫌疑を、信長を前に否定する場面も描かれた。
久秀のエピソードとして「三悪」とともによく知られるのがその最期。「(茶道具として有名な)平蜘蛛の茶釜を抱いて爆死した」というものだ。「ホンマかいな?」と誰もが首をかしげるこのエピソードを、その舞台となった信貴山城の実態とともに検証してみたい。
久秀は茶人としても知られ、名茶器を収集していた。実は、信長に臣従する際に九十九髪茄子という茶入を献上している(「豊臣兄弟!」でもそのシーンがあった)。余談だがこの茶入、信長の後、秀吉、家康と戦国三英傑の手に渡り、現存。静嘉堂文庫美術館に収蔵されている。
九十九髪茄子だけでは満足しなかったのか、信長は久秀に平蜘蛛の茶釜も所望している。しかも一度ならず、たびたびだ。俺様に臣従した以上、「俺の物は俺の物。お前のものは俺の物」と。信長、まるでジャイアンだ。
お宝の茶釜と共に信貴山城で…
にもかかわらず、スネ夫(?)久秀は断固拒否。茶釜がよほどお気に入りだったのか、プライドが許さなかったのか定かではないが、とにかく信長には絶対に渡したくなかったらしい。そして最終的には一緒に爆死した、というオチがつくのだが、その現場が信貴山城(図表1:奈良県平群町信貴山1308)だ。
尚、松永久秀は信長に二度、反旗を翻している。1568(永禄11)年、いったんは信長に臣従した久秀だったが、結局、5年も経たずに1572(元亀3)年に謀反。この時は降伏して許されるが、1577(天正5)年に再び裏切り、信貴山城に籠城して最期を迎えることになる。

