大阪平野を見渡せる好立地
信貴山城は、大和(現・奈良県)と河内(現・大阪府南東部)の国境、生駒山地に築かれた山城。標高437m、比高340m。なかなか峻険だが、中腹の朝護孫子寺まで車でアクセス可能だ。
朝護孫子寺は、聖徳太子創建と伝わる古刹。信貴山城の戦いで焼失後、豊臣秀頼により再建されている。現在は江戸時代築の山門や塔、お堂が残る。信貴山の山頂一帯がかつての信貴山城だが、その城域は同寺の広い意味で境内にあたる。
本堂から急道を登ること約10分で雌嶽。見上げるような崖っぷちの落差は、軽く40〜50mはある。まさに天然の要害。要害っぷりはその先も。つづら折れの道が伸びている。
信貴山は「天然の要害」だった
本堂から比高200mほど登った場所に「信貴山城址」の石碑が立つ。標高437mの信貴山山頂・雄岳からは眺望が開けている。
信貴山城は大和国に属し、久秀が信長から安堵された領地も大和だが、かつて久秀が仕え、のちに追い落とした三好家の支配地域は摂津や河内が中心。大阪平野に睨みを利かせるのに最高の立地。加えて天然の要害ぶり。いかにも久秀の城にふさわしい。




