「悪いのは誰か」より怖い悪因
結論から言いましょう。
今回の磐越道バス事故。誰が悪いのか――それは司法の裁断に関わるもので、ここで扱うことではありません。それよりも背後に隠れた悪因がある。“コスパ信仰”です。
そこに違法性がないから、ますます怖い。しかも、“コスパ信仰”をかけてはいけないところにかけている。人命に、です。
だから今回の事故は、「悪いのは誰か」に収まらない部分がある。なのでここでは「蒲原鉄道と、私立北越高校のどちらが悪いか」ではなく、考えてみます。
5月6日。福島県郡山市熱海町の磐越道で、マイクロバスの死傷事故発生。新潟県の私立北越高校男子生徒1人が亡くなりました。その後、日々メディアで論戦が続くなかの15日、1つの事実が示されました。「あれは“白バス”だったのか」という疑いに、ある証拠がつきつけられたのです。
金子国土交通大臣によると、契約書上、北越高校がバスの「借受人」になっていたとのこと。つまり、形式上は学校がレンタカーを借り、自ら運送していた構図に近い。なので、現時点では、いわゆる違法な「白バス行為」に当たる可能性は低いとみられています。
「ならば、手配上の違法性はない」とみなす人がいたとしたら、話はそれほど単純ではありません。むしろその逆です。
違法性が低いからこそ、この事故はもっと怖い。なぜなら、「少しでも安く済ませたい」というソロバン勘定の延長線上で起きたフシがあるからです。いわば、コスパ意識という日常感覚が、最悪の事態を引き起こしてしまった。
「節約」を正解とみなす社会
もちろん、蒲原鉄道にも北越高校にも、“悪意”の存在はないでしょう。
「生徒の安全より予算を優先しよう」なんて考える人は、まずいませんから。むしろ逆で、「保護者負担を軽くしたい」「予算内でなんとかしたい」という判断だった可能性が高い。良かれと思ってするわけです。これを“善意”だとは、言いませんが。
いまの社会って、「節約」をほぼ無条件で正解だと思っているところがあります。それが誘因になっている。ならばじっさい、コスパ感覚って、何を削る行為なんでしょう。
スーパーで100円安い卵を探す。ホテルの予約で、なるべく安いプランを探す。旅行も、航空券も、「最安値」が正義で正解。「よく見つけたね!」と人から褒められたりもするでしょう。会社もいっしょ。コストを抑えると「優秀だ」と評価される。
これ自体、むしろ普通です。お金は限られているので、少しでも安く済ませたいという感覚は、誰にでもありますから。でも、削っていいものと、悪いものがある。

