この光景が見たかったんだ…

「ここは浪江町の吉田町長のお宅。町長に凱旋の報告をしてから帰るんだ」と平本さん。

「これも昔からの習わしですか?」
「いや、たまたま途中に吉田町長のお宅があるから。前の馬場町長は町のほうに住んでたから、以前は寄らなかった」

前の馬場町長というのは、福島第一原発事故が起きた際、報道番組でたびたび浪江町の窮状を訴えていた故・馬場たもつさんのことだ。町民の避難や賠償請求などに奔走したが、がんにおかされていることが判明し、任期中の2018年6月に亡くなった。

平本さんの計らいでワゴン車は騎馬を追い越して先に進み、写真を撮りやすいよう、騎馬列全体が見渡せるところで車をめてくれた。そこは道路が二股に分かれる場所で、分岐点に大小さまざまな馬頭観音が立っていた。

澄みわたった青空。でんでんでんと浮かぶ、ロールパンのような真っ白な雲。梅雨の間にたっぷりと水分を補給し、強烈な太陽を浴びて生命を謳歌おうかするように生い茂った、青々とした草木。そこを色とりどりの装束を身に着けた人馬が通る。色彩の豊かさが、町で行われたお行列よりも際立っていた。これが見たかったんだ……。この光景が見られるよう配慮してくれた平本さんの心遣いに感謝した。ぶっきらぼうそうに見えて、実はとても優しい人だ。

常歩(なみあし)で、出陣した立野の集落へ戻る騎馬。
撮影=星野博美
常歩(なみあし)で、出陣した立野の集落へ戻る騎馬。

すると坂の下のほうから、馬丁の装束のまま、えっちらおっちらと自転車をぐ人の姿が見えた。潤一さんだった。手を振ると、ゼイゼイと息を切らせながら力なく手を振り、再び必死の形相で、馬のあとを追いかけていった。

車は再び騎馬列を追い越し、集落に帰ってくる様子を見られるよう、先に立野の集落へ向かった。背後に山がそびえる畑のあぜ道を進むと、平本さんの名前が書かれた看板のある場所で車は停まり、敷地内に入った。平本さん、現役の浪江町議会議員だったのだ。生垣の両脇には、時代劇で見るようなかがり火がおかれ、黒地に黄色い字で「雲龍」と染められた大きな旗がはためいている。奥が開けた場所になっており、そこに祭事用の仮設テントが設置されている。まさに、戦場における陣屋のような趣だった。

野馬追デビューを果たした6際の騎馬武者

騎馬が畑の向こうから姿を現した。そしてかがり火のところで馬を止めると、当主の平本さんに向かって一人一人が口上を述べて無事凱旋が終わったことを報告し、ようやく馬から下りた。

今年は愛菜さんのほかにもう一人、若い世代の騎馬武者がいた。野馬追デビューを果たした6歳の山本星空せいらくんだ。暑さと緊張で疲労が極限に達したのか、装束を身に着けたまま放心状態でしゃがみこんでいた。

福島第一原発の事故以降、「平本家」としてこの場所から野馬追に出陣したのは、避難解除の翌年、2018年からだという。その時は平本さん含め4騎だった。翌2019年も4騎で出陣するが、2020年はコロナ禍でお行列が中止となった。

今年、平本家からは6騎が出た。平本さんを含む成人男性4名に、高校生の愛菜さんと小学1年生の星空くん。若い世代が増えたことは、明るいニュースだった。