加速するAI開発競争でグーグルに後れたワケ

アップルのトップが15年ぶりに交代する。今年9月に退任するティム・クックCEOは、在任期間中に時価総額を約11倍にした功労者だ。後任のジョン・ターナス次期CEOは巨大テック企業をさらに成長させられるのか。手腕に注目が集まる。クック氏の功績を振り返るには、まず創業者スティーブ・ジョブズについて触れなくてはいけない。ジョブズは天性のデザイナーだった。才能を発揮したのは、プロダクト設計に限らない。デザインとは、私の言葉で言えば「構想」である。ジョブズはUI(ユーザーインターフェース)や事業にいたるまで構想力を発揮し、マッキントッシュ、iPod、iPhone、iPadといった画期的なプロダクトを生み出していった。

米アップルのティム・クックCEO
米アップルのティム・クックCEO。2026年9月1日付けで退任し、ジョン・ターナス氏が昇格することになった。

なかでもインパクトが大きかったのはiPhoneだ。実を言うと、私は当初、iPhoneを評価していなかった。日本にはすでにiモードがあり、モバイルでテキストや画像のコミュニケーションができたからだ。

iモードをつくったのは、マッキンゼーからNTTに送り込んだジェフ・バーコウィッツ氏、南場智子(現DeNA会長)、横浜信一(現NTTグループCISO)らのチーム。ジェフ氏はパソコンのトレーナーとして雇った男だが、彼の「パケット通信の残った余力でテキストや画像を送れる」という提案からiモードの開発が始まった。

それから遅れること数年、ジョブズはモバイル端末をインターネットにつないでパソコンのように使うという新しいコンセプトで、iPhoneを生み出した。すばらしい構想力だ。

それでも私がiPhoneを評価しなかったのは、iモード開発チームへの身びいきからではない。気になったのはバッテリー問題だ。バッテリーは使ううちに寿命を迎えて交換の必要が生じるが、ジョブズはデザインにこだわるあまり、ユーザーや第三者がiPhoneを開けてバッテリー交換することを許さなかった。当時、バッテリーを交換したいユーザーは、自分のスマホをアップルストアに数日は預けなくてはいけなかった。それにユーザーが耐えられるとは思えず、iPhone普及に疑問を抱いたのだった。

結局、ジョブズはこの問題を解決しないままこの世を去った。その後を引き継いだのがクック氏である。ジョブズが構想の人なら、クック氏は実務の人だ。バッテリーの問題は、バッテリーの寿命を延ばすこと、寿命が切れる前に新モデルを発表して買い替えを促すこと、バッテリーが切れた場合も即日で交換ができるよう店舗のオペレーションに手を入れたことでクリアになった。ジョブズは構想の天才だったが、経営の実務では時に見落としがあった。クック氏はそれを拾い上げて改善し、進化させる力があった。だからこそ投資家はアップルを評価し、時価総額でトップ争いをするまでになったのだ。

一方、クック氏に足りなかったのが構想力である。投資家はクック氏の経営力を評価しつつも、アップルらしい革新的プロダクトが生まれていないことに不満を抱いていた。実際、アップルカーは開発中止になり、24年に登場したビジョンプロも累計販売台数は約60万台にとどまり、開発凍結が噂される。唯一のヒットはアップルウォッチだが、iPhone級のインパクトは残していない。

クック氏が残した宿題にこれから取り組むのがターナス次期CEOだ。ターナス氏はハードウエア畑の人物であり、「次のiPhone」を期待する声は多い。ただ、アップルに限らず、iPhone級のデバイスを生み出すのは難しいのではないか。

今研究が進んでいるものの一つに、脳波で動かすデバイスがある。イーロン・マスク氏が設立したニューラリンクは、脳に小型デバイスを埋め込んでコンピュータを操作する研究をしているという。しかし、頭の中で考えていることが筒抜けになると、人間社会は崩壊する。デバイスは、現状のスマホ、ウエアラブル系、スマートグラス系で出尽くした感がある。それぞれに進化して使いやすくなるだろうが、従来の延長線上の進化であり、そこにiPhone級の期待をかけるのは酷である。

ビッグテックが考えなくてはいけないのは、ハードよりもむしろソフトウエアのほうだ。現状で起きているのは、デバイスとAIをどう組み合わせるかの競争である。この点でアップルは後れを取っている。グーグルはジェミニが優秀で、スマホへの実装も進んでいる。マイクロソフトはオープンAIに出資してOfficeにAIを組み込んでいる。iPhoneにもSiriが搭載されているものの、賢さではジェミニやチャットGPTに敵わない。ただ、AI開発・実装の競争は、すでに始まっている既定路線の競争である。負けることは許されないが、勝ったとしても想定内だ。ジョブズが生きていたら、おそらくすでに次の世界を構想しているに違いない。

(構成=村上 敬 写真=時事通信フォト)

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