※本稿は、前野隆司『職場の憂鬱 「無気力な毎日」には理由がある』(SB新書)の一部を再編集したものです。
「競争主義」転換の大誤算
かつての日本企業は「家族」のようだった、と言われます。会社は社員の人生を一生支え、社員は会社に忠誠心を持って働いていました。この言ってしまえば相互依存的な関係が、日本型経営の強みでした。
しかしバブル崩壊後、この家族主義は、「非効率だ」「甘えだ」と批判されるようになりました。代わりに導入されたのが、アメリカ型の成果主義です。個人の成果を数値で測り、それに応じて報酬を決める。合理的な仕組みですが、日本の風土にはなかなか馴染みませんでした。
成果主義が導入されても、日本人の多くは自分の成果を声高に主張することに慣れていません。その結果何が起きたかというと、「自分はこれだけの成果を出しました」とアピールするのが得意な人だけが評価され、黙々と縁の下の力持ちをしていた人は、報われにくくなったのです。
さらに、チームの成果を個人ごとに分解して評価するのは実際には難しい問題です。営業成績のように数字で見えるものは評価しやすいですが、事務職やサポート職など、数字に表れづらい貢献はどう測ればいいのか。
評価基準が曖昧になると、従業員の中で「何をすれば評価されるのかわからない」という不透明感が広がっていきます。これは、社員が「不幸せだ」と感じるもとになっている「不幸せ因子」である「評価不満」を直撃するものです。
同僚は「仲間」から「ライバル」に
また、競争主義の導入で、職場での人間関係や空気も大きく変わりました。隣の席の人の成果が高ければ、相対的に自分の評価が下がる構造になったため、「同僚は仲間」から「同僚はライバル」へと認識がシフトしました。そうなると、助け合いや情報共有が減ります。その結果「チームワーク」因子が損なわれ、協働不全が起きます。
もちろん、かつての家族主義にも問題はありました。年功序列による不公平、強い同調圧力、女性の排除など。しかし、家族主義から競争主義への転換は、古い問題を十分に解決しないまま、新しい不幸せを生み出してしまったと言えないでしょうか。
日本に本当に必要だったのは、家族主義の良い面(助け合い、安心感、長期的な視点)を残しつつ、悪い面(非効率、排他性、硬直性)を改善することだったのではないでしょうか。「どちらかを選ぶ」のではなく、「いいとこ取り」をする柔軟さこそが、今の職場には求められていると思います。後ほどお話しする「ハイブリッドな働き方」は、まさにこの考え方に基づくものです。

