会議がただの“報告会”になっていないか
心理的安全性とは、「何を言っても怒られない」ことではありません。「本音でぶつかっても関係が壊れない」という信頼関係のことです。
このような意識がなければ、会議は「報告会」になります。すでに決まったことを確認するだけの場になり、新しいアイデアや異議は出てこない。形だけの会議が増え、本質的な議論は行われない。これでは組織にとって本当に必要な意見は生まれなくなってしまいます。
父との大喧嘩から私が学んだのは、人と人が真剣にぶつかり合うことで関係が破綻するわけではなく、むしろそれには大切な意味があるということ。対立を恐れて沈黙に逃げ込むよりも、本音で話し合って、そこから新しい理解が生まれるほうが、はるかに組織の成長や「働く幸せ」の土台になると言えるでしょう。
日本型経営は「実は良かった」
「家族主義は古い。もうやめよう」。そう言い切ってしまう前に、一度立ち止まって考えてほしいことがあります。
かつての日本企業には、社内運動会や社員旅行があり、社員旅行には家族も参加しました。上司は部下の家庭の事情にも気を配り、何か困ったときには相談に乗るような場面も少なくありませんでした。今では「公私混同」と批判されそうなこうした文化ですが、幸福学の観点から見ると、実は合理的な面があったのです。
なぜかというと、従業員の幸福度を高めるには、仕事に関する満足だけでは不十分だからです。パートナーや家族との関係、家庭の安定、余暇の充実――そういった私生活のさまざまな部分も含めて、人生全体が幸せであることで、仕事のパフォーマンスも高まります。これは最近の研究で明らかになってきたことです。
家族や友人と喧嘩していたり、プライベートで心配事を抱えていたりするときは、どうしても仕事のやる気や集中力が落ちてしまう、という経験は、多くの人に覚えがあるのではないでしょうか。
そのため、最近では「従業員満足度」よりも「従業員幸福度」を見るべきだ、という風潮が広がってきています。従業員満足度は、仕事の中での満足しか測りませんが、実際には仕事の中だけでなく、人生全体にわたる幸せが、仕事の成果にもつながっているのです。
実際、ある経営者の方は、従業員やその家族の誕生日まで覚えていて、バースデーカードを贈っているそうです。家族主義的だと笑う人もいるかもしれませんが、この会社の従業員幸福度は高く、業績も安定しています。
どんなに仕事をする場所と割り切っていても、職場で家族主義的な温かいつながりがまったくないと、人は孤独を感じて幸福度が下がってしまうのです。

