評価が低かった人が異動先で化けるのはなぜか
「うちには優秀な人材が足りない」――採用や人事の現場で、こうした声を聞いたことがある人は多いだろう。高学歴で面接の受け答えも申し分なかった人材を迎え入れても、不思議なことに職場はよくならない。会議では鋭いがチームの納得感を置き去りにする人、周囲に相談できず孤立してしまう人もいる。なぜか。私の考えでは、「頭がいい」と「仕事ができる」はイコールではないからだ。いろいろな現場に分け入らせていただく中で、頭の良しあしの話が、仕事の出来不出来を必ずしも予見しない場面を見てきた。
考えてみれば当然だ。仕事は一人で完結するものではないのだから。周囲の凸凹のある人間の組み合わせによって、なんとか前に進んでいる。仕事の成果は、個人の能力の話のみならず、その能力がどのような場面で、誰との関係の中で、どのように使われるかによって大きく変わるからだ。
つまり「仕事ができる」人がいるというより、「仕事をしやすい」と感じる人の多い環境が成果を出しやすい、と言ったほうが正確だ。うまく回っている組織の多くは、一人の有能さによるものではなく、周囲の多様な知恵を引き出し、状況を読み、関係性を整え、必要な人に必要な情報を渡し、誰かの小さな違和感を拾い上げる……などを間断なく行っている。
整理すると、「頭がいい」と「仕事ができる」の重要な違いには、知性を個人の所有物として扱うのか、関係性の中で立ち上がるものとして扱うのか、が多分に関わってくる。
そもそも、私たちが「頭がいい」と呼んできたものは何か。学歴の高さ。記憶力。論理性。数字やビッグデータに明るいこと。生成AIのプロンプトの巧みさ。会議での鋭い発言。はたまた、大して働かずして所得を得ること……などだろうか? 私たちは長い間、知性や能力を個人の内側にあるものとして考えてきた。仕事がうまくいけば「あの人は能力がある」と言い、うまくいかなければ「あの人は能力が足りない」と言う。まさに個体能力主義に依拠してきた。
しかし、実際の仕事や社会はそれほど単純ではないということだ。ある職場で評価されなかった人が、別の部署では見違えるように持ち味を発揮することがある。逆に、ある環境では「できる人」とされていた人が、別の環境では途端に動けなくなることもある。これは、その人の能力が急に増えたり減ったりしたからではない。能力が発揮される条件・環境が変わったと考えて然るべきだろう。
「あの人は頭がいい」は環境がつくった誤認
能力主義の問題点について興味のある方は、ぜひ教育社会学の巨人たちの名著を読んでみてほしい。東京大学大学院在学中に私の指導教官でもあった苅谷剛彦氏は実証研究で、「能力」と呼ばれているものは、本人の努力次第でいかようにもなるのではなく、親から子への階層再生産(※1)の影響を多分に受けている点を明示した(『大衆教育社会のゆくえ』中公新書、1995年など)。また拙論文副査でもあった本田由紀氏は、計量的な研究に加えて、言説分析を通じて、日本社会において学力のみならず、コミュニケーション力や人間力といった曖昧な指標にまで「能力」が拡張され、個人を評価にさらす構造が生まれていると論じている(『多元化する「能力」と日本社会』NTT出版、2005年など)。
では、この構造から抜け出すために、私たちは知性をどう捉え直せばいいのか。たとえば、会議でよく発言する人が「頭がいい」と評価される職場があるとする。だが、その会議では誰が発言しやすいのか。反対意見を出しても「面倒な人」と見なされない人は誰かなど、個人の状態を支える無数の環境条件があるはずだ。それなのに私たちは、「ある人が発言しやすい環境」がたまたま整っただけのことを、「頭がいい」と個人の力に誤認しがちなのだ。
逆に、会議では黙っているが、あとから前例を踏まえつつ、現況を加味した的確な資料をつくる人がいる。周囲の困りごとを先回りして拾う人がいる。誰も気づいていなかった運用上の穴を見つける人や、感情的になった場を落ち着かせ、議論を前に進める人がいることもある。こうした働きは、地味だが、組織が成果を出すうえでは欠かせない知性である。
問題は、私たちの組織がこうした地味ながら協働に不可欠の知性をしばしば見落とすことにある。冒頭で述べたとおり、「頭がいい」ということばは、個人を評価するには手軽である。だが、手軽な評価ことばほど危ういものもない。それは、多様なはずの人の働きを、簡単にひとつの物差しに押し込めるからだ。さらに、「できない」とされた人に対して、環境の問題ではなく本人の問題として責任を負わせやすい。しかし組織が本当に問うべきなのは、「この人は頭がいいか」ではなく、「この仕事においてチームで成果を出すためには、どのような環境が適合的か」である。
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