「日本式学校教育」は教師の善意に頼りすぎ
少子化による生徒の減少や、教員の負担を減らす働き方改革を背景に、日本全国で中学校や高校の部活動が減っています。なかには「完全廃止でいい」という意見もあります。
一方で、OECDの報告書では、「部活動は日本の強みである」と高く評価されています。諸外国では地域で子供の文化活動を実施することが多いので、日本の部活動は特殊な教育活動に映るはずです。そこに「羨望の眼差し」が向けられているのは、なぜでしょうか。
実は、それには非認知能力の形成が国際的な課題になっているという理由があります。非認知能力とは、「自分をコントロールする力」「自分と向き合う力」「他者と関わる力」などを指しますが、通常の授業だけでは身につけることが難しいと言われています。同時にそれは、学力向上と関わるだけでなく、卒業後の生涯年収や離職率にも関わると言われており、その育成が国際的な課題となっているのです。通常の授業以外に何をすればよいのか。その答えを多くの国が求めています。
一方で、日本の学校教育は、戦後、授業とは別に、特別活動や課外活動を教育計画に位置づけてきた歴史があります。諸外国では外注されてしまうこともある、給食の準備・片付け、掃除、さらには、イベント・行事や自由時間の文化活動(部活動)等において、子供の主体的な活動や課題解決が重視されてきました。そのような学校の日常を描いた『小学校 それは小さな社会』という映画があり、同作の短編版『Instruments of a Beating Heart』は第97回アカデミー賞・短編ドキュメンタリー部門にノミネートされました。撮影した山崎エマ監督は私との対談のなかで、「諸外国の目線で見ると、生活そのものを丸ごと教育の対象にする制度自体が画期的です」と述べています(『体育科教育』2025年4月号)。また、先ほどのOECDの報告書でも、部活動について「従来の学問以上に得るものがある」と評価されています。
しかし、このような国際的な評価とは裏腹に、現在、部活動の実施主体を地域へと移行する、地域展開(※1)が進められています。背景には、教師の多忙化があります。日本における教育に関する支出は、OECDの加盟国のなかでも下位グループであり、教師の数が少ない状況で、授業時間以外の特別活動や部活動までサポートしてきました。国際的に注目されている「日本式学校教育」は、教師の善意で成り立ってきた部分が多く、そのような労働環境に限界が生じたのです。
このような経緯があって、部活動の外注が進められているのですが、その前途は多難です。地域に任せようにも施設やクラブがなく、教師の代わりに指導できる人も少ないからです。例えば、地域で当たり前のように子供の文化活動を保障している国では、施設やクラブが人口百人単位で1つあります(図表1参照)。しかし日本の施設は約2600人に1つです。また、日本において、諸外国のような地域クラブに関する詳細なデータはありませんが、国が重点的に進めている総合型地域スポーツクラブ(※2)に関しては、人口3万5000人に1つと言われています。このような条件の違いを無視して、学校から部活動を切り離し、地域クラブに移行するのには無理があります。実際に、1970年代と90年代にも部活動の地域移行が進められましたが、施設・クラブ・予算が不足していたことで失敗に終わっています。
さらに言えば、部活動の外注化によって、経済格差の問題も懸念されます。これまで部活動は、学校の施設や備品を用いて、さらには、先生たちがわずかな手当で指導してくれたこともあり、家庭の負担を軽くすることができました。しかし、部活動を学校から切り離すことになれば、それらの費用負担が家庭に求められることになります。これまでの「できるだけ多くの生徒が参加できる部活動」から、「費用が負担できる人だけが参加できるクラブ活動」へと変わっていくことになりかねません。
子供の「自治運営」だから非認知能力が高まる
少子化を背景に、これまでの部活動を維持するのが難しくなっているのは事実であり、持続可能な在り方が問われています。具体的な課題をあげれば、これまでと同等の部活動の種類・数を維持することが難しくなっており、種目や活動の精選は避けられません。また、団体種目に関しては人数が揃わないこともあるので、これまでと同様に公式大会を実施することができません。大会規模の縮小や、人数が集まらなくても実施できるローカルな大会が求められています。実際に、滋賀県の中学校の先生は、公式大会とは別に「エンジョイベースボール大会」というローカルな大会を開催しています。そこでは複数の学校でつくる「ごちゃ混ぜチーム」で試合をしたり、全員が打席に立つことを保障するルールを設定したりして、みんなが野球を楽しめる場をつくっています。
さらには、指導・管理を担う大人も足りないので、これまで部活動に関与してこなかった人にまで視野を広げて、子供のサポート体制を築いていく必要があります。例えば、安全管理やトレーニング指導の専門職としてアスレティックトレーナーという仕事がありますが、彼・彼女らは子供の自主的なトレーニングに関与することができます。アメリカでは、7割を超える中等教育機関(公立)でアスレティックトレーナーが活用されていますが、日本ではほとんど活用されていません。そのような実態をふまえ、大阪・堺市では、教育委員会と関西大学の連携事業として、アスレティックトレーナーを活用した実践に取り組み、指導者不足の問題にアプローチしています。トレーニングには、複数の種目に共通するものもありますから、1人のアスレティックトレーナーが複数の部活動を同時に指導することが可能です。1人の大人が1つの部活動を指導するという従来の方式よりも、「費用対効果」の面でメリットが大きいため、他の自治体からも新たな外部指導者として注目されています。
また、「生徒が自分たちで活動に取り組む」ことを支援するアプリやウェブコンテンツの開発も進んでいます。例えば、私も開発に携わっている「コーチクエスト」というアプリは、部活動に必要な目標設定、自主練習、振り返りのためのサポート機能や、自分たちで動画分析を進めるための機能を装備しています。このようなアプリを使って、大人の手を離れた状態でも、子供自身が部活動に取り組めるようにすることが大切です。
そもそもクラブの語源を紐解くと、「社交」や「自治」といった意味で使われてきた経緯があります。部活動やクラブというと、全国大会を目指して、競技力を高めることが目的と思われがちですが、クラブの語源をふまえれば「勝敗は二の次」であり、大切なことは自分たちで課題を解決していく行動にあるのです。2025年の春の選抜野球大会に出場した横浜清陵高校は、強豪校がひしめく神奈川県で「部活自治」を追求し、選抜されるに至りました。同部では、部員による「自治会議」でチーム課題や練習メニューを議論し、打撃、データ、コンディショニングに関わる役割分担を通して、自分たちで部活動を運営しています。さらに、そのスタイルは、学校全体への広がりを見せています。私が26年3月に実施した研修では、新入生を迎え入れるにあたり、自分たちの部活動の魅力をどのように伝えるのかを議論しました。ビジョンに基づいて、必要な人材を明らかにし、日頃の自分たちの行動も捉え直していく。その姿は、大人の企業研修と相違がありません。
周知の通り、部活動は「子供の遊び」であり、何かしらの利潤・利益には直結せず、むしろコストがかかる取り組みです。そのため現状は、それらのコストカット(受益者負担)を前提にして、部活動の縮小や地域展開が進められています。一方で部活動は、諸外国が注目するように、非認知能力を形成する「日本の強み」でもあります。その「強み」を強化するのであれば、これまで紹介してきたような取り組みを推進するための国や自治体による財政的な援助と、子供の自治を追求した「令和時代の部活動」への転換が不可欠となります。
「単なる子供の遊び」か「非認知能力の形成の場」か。どちらのスタンスに立つかによって、これからの部活動の在り方が大きく変わります。みなさんは、どのように考えますか?
関西大学人間健康学部教授。1975年、埼玉県生まれ。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了、博士(教育学)。専門は体育科教育学、スポーツ教育学。「運動部活動の教育学」を切り拓いた部活動研究の第一人者で、日本部活動学会前会長(現副会長)。編著書に『部活動は日本の強み』(大修館書店)。
※1:従来は部活動の「地域移行」と言われることが多かったが、近年は地域全体で支え、新たな価値を創出することを意図して「地域展開」という用語が使われている。
※2:1995年度から国が育成を推進してきた住民主体のスポーツクラブ。単一種目・単一世代型が中心だった従来のクラブと異なり、多種目・多世代・多志向を特徴とし、身近な学校や公共施設を拠点に地域住民が自主的に運営する。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年10月2日号)の一部を再編集したものです。
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