ドトールでコーヒーを飲む哲学的意味

コーヒーを飲もうとするときに、スターバックスでなくドトールを選択することは「センスのない」選択なのでしょうか。おそらく違うでしょう。

スターバックスが「演じる場所」であるなら、ドトールは「演じない場所」といえます。ドトールの明るい店内は、スターバックスのようなムードによる誤魔化しを許しません。明るい光の下では、営業回りで疲れ果てたサラリーマンのスーツの皺も、スポーツ新聞を広げる初老の男性の無防備な表情も、すべてがあらわになってしまいます。そこには「演技」がありません。

坂出健『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』(光文社新書)
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ドトールにいる人々は自己欺瞞から降りているともいえます。彼らは「他者からどう見えるか」という自意識の呪縛から解放され、ただの「疲れた人間」「腹の減った人間」という、き出しの「実存」としてそこに座っているのです。

「俺は280円のコーヒーが飲みたいだけだ。お前たちの『記号の消費』には参加しない」。この態度は、世間の価値観から距離を置き、自らの内なる尺度(味と価格のバランス、居心地の良さ)に基づいて決断を下す、極めて本質的な生き方ともいえます。

ドトールの機能的な椅子に深く腰掛けることは、消費社会が押しつける「幸福のテンプレ」に対する、静かなる拒絶といえます。ドトールは、資本主義の競争や、SNSでの見栄の張り合いから降りたものがたどり着く「実存のシェルター」なのかもしれません。

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