なぜ学歴が必要になったのか

こうして仕事の傍ら大学院の受験を始めた田中さん。TOEICの点数は高校生レベルでしたが、なんとか食らいついて一橋大学大学院と神戸大学大学院に合格し、一橋大学大学院経営管理研究科に進学を決めます。

千代田キャンパス
一橋ICS 千代田キャンパス(写真=Hitoics/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

私も早稲田大学卒業後、東京大学の大学院を目指していた時期があります。私の動機は教育社会学の研究を通して、都会と田舎に存在する教育格差を明らかにしたい、弱い立場の人たちの気持ちがわかるようになりたい、というものでした。

また、同時に過去の自分の人生を清算したかったという思いも否定できません。自身が教育格差の当事者であると考えていた私は、研究によって自分の不遇を証明したいと思っている部分がありました。

一方で、田中さんの大学院進学には、三つの明確な目的がありました。

一つ目は富裕層に対するビジネスで必要な学歴という武器を手に入れること。二つ目は子どもに努力する姿を見せるという教育面。三つ目は、苦手だった勉強に40歳で再挑戦するという自己証明でした。どれも具体的で、他者や社会との関わりの中で生まれた動機です。

私が過去を精算するために大学院を目指していたのに対し、田中さんは未来のキャリアと子どもの教育のために大学院を目指しました。同じ大学院進学でも、後ろ向きな動機と前向きな動機では、その後の人生に与える影響が全く違います。

結局、私は東大大学院には進学できませんでしたが、もし当時の動機のまま進学していたとしても、田中さんのように学歴を生かすことはできなかったでしょう。

入学後、大学院の教員からは「なんで英語の点数がこんなに低いの……」と言われてしまったそうですが、なんにせよ念願の大学院進学を果たしたのです。

偏差値エリートには真似できない“現場力”

一橋大学大学院の修士課程を修了してからはIT企業の人事部長と、大手ITサービス企業のNTTデータで人事職として働き、年収は1000万円台半ばを下回ることはなかったそうです。

苦手だった勉強と向き合い、40歳を過ぎてから学歴を手に入れ、年収1000万円以上をキープし続けてきた田中さん。現在は独立し、人事コンサルタントとして活動しつつ後期博士課程に向けての受験準備もしています。

編入学を経て「偏差値50程度」で社会人となり、高学歴な同僚たちの存在に気圧されながらも、持ち前の推進力で結果を掴んできた田中さん。

税金徴収の現場で港湾関係の社長を相手に直接交渉したエピソードや、ジブラルタ生命保険で信頼を得るために夜遅くまで残って100脚の椅子を並べ続けた地道な努力の積み重ね。そして富裕層の世界を知るために銀座のママに手紙を書いて「カバン持ちをさせてほしい」と直談判した行動力。

これらは、ペーパーテストでは測れない「現場を回す力」そのものでしょう。