「努力は報われる」という言葉に、どこか嘘くささを感じてしまう。
最短距離で成果を出したい。ムダな苦労はしたくない。
そんなコスパ・タイパの考え方が一般化した現代において、すぐに成果の見えない積み重ねを説く言葉は、もはや時代遅れのようにも思えます。
しかし、圧倒的な成果を出している人の背景には、必ずといっていいほど膨大な、そして一見非効率とも思える努力のエピソードが添えられています。
私たちは、賢くありたいと願う一方で、どうしようもない停滞感のなかで「結局、何をどれだけ頑張ればいいのか」という問いに立ち尽くしているのではないでしょうか。
今回、そんな疑問をぶつけてみたのは、株式会社学びデザイン代表取締役の荒木博行さん。近著『努力の地図』で、「努力の構造」や「頑張る技術」を言語化した、いわば努力の専門家です。
荒木さんが語るのは、精神論としての努力ではありません。それは、AIには代替できないオリジナリティをつくり、変化の激しい時代を生き抜くための高度な生存戦略でした。
努力を意味づけるのは「後付けする力」
――努力せずに成長できないことは分かっているのに、努力できないーー。そんな人は少なくないと思います。SNSのタイムラインに流れてきた他人のキャリアと比べ、YouTubeのビジネス系動画を見て「今の仕事のやり方だとコスパ悪いのかも……」と悩み、結果として動けなくなる、といったように。
荒木博行さん(以下、荒木):効率性を追い求めることは、リソースが限られる中で、賢く生きて成果を出すためのリテラシーとしては大切でしょう。が、大きな落とし穴もあって。それは通り道がみんな一緒になってしまうことです。
効率性を極めようとすると、どうしても世間的に正解とされているマニュアルやセオリーに頼ることになる。そうすると、やることが周囲と似てくる。その結果、何が起きるかというと、独自性が失われ、入れ替え可能な人材と見なされる可能性が一気に高まるんです。
本当の強みやオリジナリティというのは、一見ムダに見える試行錯誤や、他人がやらないような非効率なところにこそ宿るものです。誰もが切り捨てたムダなアクションの中にこそ、真の答えや面白さが残っている。皮肉なことに、効率性やコスパ・タイパといった概念が持てはやされるほど、こうした傾向が強まるというパラドックス(逆説)があります。
――それでもやはり注ぎ込める時間やコストは限られており、取捨選択せざるを得ない現状もありますよね。何が必要な努力で、何がムダな努力か。その境界線はどこにあるのでしょうか。
荒木:「ムダ」と「必要」に明確な差分なんてないんです。
例えば、ある野球選手がレギュラーになるために何千回とバットを振ったけれど、結局レギュラーになれなかった、というストーリーがあったとします。その瞬間だけを切り取れば、何千回の素振りはムダだったと見なされるかもしれません。
でも、その何回も続けた素振りの経験が、社会人になってから「地道に続ける力」として仕事に活きたり、誰かとの縁をつなぐきっかけになったりするかもしれない。そうやって中長期的な視点で回収できれば、ムダも「必要な経験」に変わります。
つまり、努力の意味は後付けでどうにでもなるということなんです。



