フランスパンに明太バターを詰めた「明太フランス」は、福岡の新名物になっている。元祖とされるパン店「フルフル」では、いまや1日5000本以上売れる人気商品だ。だが発売当初は1日10本ほどしか売れなかったという。福岡の“町のパン屋”が生んだ「明太フランス」は、どうやって大ヒット商品になったのか。フリーライターのサオリス・ユーフラテスさんが取材した――。
3代目社長の古田量平さん
筆者撮影
3代目社長の古田量平さん

「明太フランス」を生み出した“町のパン屋”

フランスパンに明太バターをはさんで焼き上げた「明太フランス」が、福岡の新グルメとして人気を集めている。市内の多くのパン店で販売され、ラーメン、もつ鍋、辛子明太子に並ぶ福岡名物になりつつある。

ある店舗では、まとめ買いする客もいるため、ひとり10本までと制限がかかるほどだ。最近では東京にも明太フランスで人気を集める店が現れた。

パン店だけではない。いまや明太子メーカーも参入している。明太子はかつて贈答用とされていたが、明太子そのものの需要が伸び悩むなか、老舗のやまや、「めんべい」を製造する山口油屋福太郎も、新たな収益の柱としてめんたいフランスを自ら手掛けている。

その流れを最初に作ったのが、福岡市東区松崎に本店を置くフルタパンだ。福岡市などにある5店舗で1日5000本、年間150万本を売り上げる。2025年度の売り上げは11.3億円。その4割ほどが明太フランスだという。

店内に並ぶ焼きたての明太フランス
筆者撮影
国産小麦パン工房フルフルの「明太フランス」

1925(大正14)年に初代が米穀店として創業し、お米を売りながら「カタパン」と言われるゴーフルのようなお菓子を焼いて売ることで、地域のひとによろこばれていた。戦後、2代目が「町のパン屋」として再出発。2025年に創業100周年を迎えた。3代目の古田量平さんが家業に入った当時は5〜6人ほどの家族経営だった。それが今では社員60人、アルバイトを含めると167人の規模になった。

「町のパン屋」は、どうやって人気店になったのだろうか。

「真似してもらっていいんです」

取材の冒頭、一番気になっていたことを聞いてみた。明太フランスの競争は激しくなっているのではないか? 心配をよそに、3代目社長の古田量平さん(73)は笑いながらこう答えた。

「真似してもらっていいんですよ。うちの情報は全部オープン。でもね、苦労して苦労して、みんなで作り上げてきたストーリーがあるんですよ。聞いて真似しただけだったら、すぐ元に戻っちゃう。最初にやったひとの思い入れにはかなわないんです。うちが教えたところからも、どんどん同じものが出てくる。競争するからまた新しいのも出てくる。それよりもっと、おいしいものを作っているようにならないとね。そういうプライドはありますね」