台湾問題が表面化したきっかけ

【垂】こうした国内の混乱が続く一方で、国際政治において中国はソ連修正主義を主敵に据え、米帝国主義と手を結ぶという戦略的大転換を行いました。これは、イデオロギーを超えた現実主義的な外交方針への転換でした。

1971年7月にはアメリカのキッシンジャー大統領補佐官が極秘裏に北京を訪れ、翌1972年2月にはニクソン大統領の電撃的な訪中が実現しました。この訪中は世界に衝撃を与え、両国は「上海コミュニケ」を発表して国交正常化への道筋を明確にしました。

同コミュニケでは、「一つの中国」原則に関して、中国側が台湾を中国の一部とする立場を表明し、アメリカ側はその立場を「認識」(acknowledge)するにとどめつつ、平和的解決を求める姿勢を示しました。なお、ニクソン訪中は副次的効果として、同年9月の日中国交正常化にもつながっていきます。